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自分では隠していたつもりだけど、周囲から見ればバレバレだったらしい。入って間もない頃、なかなか直接話す機会が得られず、耐えかねて琴ちゃんにそれとなく有希さんの事を尋ねた途端、
「あの人? 駄目よ。有希っぺは結婚して子どももいるんだから」
と返す刀で釘を刺されてしまった。
その瞬間、頭の上に浮かんだ大きなハートが、一瞬にして粉々に砕け散る思いだった。
既婚者? まさか! しかも子どもまで!
俺が運命の人と見定めた相手は、既に他の男の妻だったのだ。
俺の恋はすぐさま破綻してしまったものの、そうは言っても一緒に働いていれば、すぐにまた想いは膨らむ一方だった。既婚者だろうが子どもがいようが、有希さんの魅力の前には些細な問題でしかないようにも思えてくるのだから、我ながら能天気と言う他なかった。
だから俺は他のみんなと同じようにサービスをこなしながらも、誰よりも有希さんのいるバーカウンターに意識を集中している。デザートやドリンクのコールを掛けるのは俺でありたいし、有希さんの作ったデザートやドリンクは誰よりも先に俺が運びたい。
「これ、オーダーよろしく」
「了解」
「持ってくね」
「ありがとう。お願い」
たった一言の言葉を交わす、ただそれだけで俺の気持ちは舞い上がるのだった。
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