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 琴ちゃんはそれを知った上で、お客として可愛い女の子がやってきたりすると、 「ほら、行ってきなよ。出会いのチャンス、チャンス」  なんて有希さんの目の前でわざわざ俺に接客を促したりする。 「何言ってんだよ。客は客だろ。そんないやらしい考えで働いてる訳じゃないし」  思わず顔中に全身の血が集まるのを感じながらも、平然としたフリをして接客に向かうのだが、そんな俺を琴ちゃんと一緒に、有希さんもまたニコニコと笑いながら見守っていたりする。一体どういうつもりなんだか。  俺は有希さんへの想いを口に出した事など一度もないにも関わらず、いつの間にかキッチンまで含めた店全体の公然の秘密となってしまっていた。気恥ずかしい気もするものの、特に有希さんに拒絶をする様子も見られないので、それはそれで悪い気分ではない。嫌がらないって事は、もしかしたらちょっとは良く思ってくれてるのかもなんて、淡い期待を抱いてしまったり。  一緒に仕事をしている最中もだが、有希さんが休みの日も、大学に行っている間も、一人でアパートで過ごしている間も、友人と遊んでいる時も、俺の頭の中にはいつも有希さんの姿があった。寝ても覚めても有希さんの事ばかり考えていた。  簡単に言うと、有希さんはオレにとって、これまで生きて来た人生で最大のストライクゾーン――ど真ん中を撃ち抜く相手だったのだ。  琴ちゃんはそんな俺の気持ちを敏感に感じ取って、何かというと有希さんを餌に茶化したがる。その日もやっぱり、きっかけは琴ちゃんの一言から始まった。
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