歌って、マイステディ!

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歌って、マイステディ!

 その日。  私は自宅リビングで沈没していた。 「ああああああああああああうううううううううううううううううう……」 「……どしたの急に」 「ああああああああああああああうううううううううう、ううううううううううううううううううう、うううううううううう!」 「なるほど、学校のことで悩んでるんだね?」 「うううううううううううう……!」  流石、私が選んだ夫。テーブルに突っ伏してうめき声を上げ、両手足をバタバタさせただけの私の意図を見事にくみ取ってくれた。  彼には私専用の翻訳機でも搭載されているのではなかろうか。私は汗でべたべたになった顔を上げて、そうなのよおおおお、と低く唸った。 「今度の道徳の授業でさあ。子供達に作文を書かせなきゃいけないのよ。何が面倒って、その作文のお題をそれぞれのクラスの担任が考えなきゃいけないわけえ」  私は小学校で先生をしている。今日は日曜日だが、月曜日までには答えを出さなければいけないので悩んでいるのだった。自分の担当する二年二組には、作文が嫌いな生徒がたくさんいる。国語の時間でも、今日は作文をやります、と言った途端教室から逃亡しようとする奴までいる始末なのだ。  確かに、作文というのは得意不得意がある。下手なテストより嫌っている生徒も少なくないだろう。  だからといって、逃げた生徒を“元気がいいわねー”で済ますわけにはいかないのが教師というもの。子供達の未来のための学業なのに、一部の生徒に毎回スルーさせていては意味がまったくなくなってしまう。 「うちのクラス、作文が嫌いな子が多いのよ」  テーブルにのの字を書きながら言う私。 「作文と聴いた途端、まさに阿鼻叫喚。教室から三人くらいは逃げ出すし、聞かなかったフリして寝ようとする奴もいるし、そうでない子も悲鳴を上げて騒ぐしでもー。もちろん、ちゃんと書いてくれる子もいないわけじゃないんだけど、どうしても作文ってものに忌避感があるみたいで」 「あー、ワカル。あれは苦痛だわ」 「雅哉(まさや)さんも、作文苦手だったクチ?」 「まあねえ。だから作文のお題が出ると、原稿用紙のマス目無視してでかーい文字で文を書いて、無理やり一枚埋めて提出してた。で、先生に叱られるタイプだったぜ」 「あー……いるわ、そういう子」  普通に思ったことを並べればそれでいいのに――なんて思うのは、私が作文を苦痛に思わないタイプだったからだろう。最初の一行に悩むことはあるが、大抵一行目が出てくればあとはすらすら文章を書けるタイプだった。  だから、作文の課題で叱られたり、評価が低かったことはそうそうない。よっぽど危険思想でも漏らさない限り、ああいうものは“ちゃんと埋めてきた生徒”には高評価をくれるものだ。大人になってから、その“ちゃんと埋める”が本気で苦手な生徒は少なくないと知ったわけだが。 「なんで作文苦手だったの?雅哉さん、頭いいのに。大学だって……」 「俺、ゴリゴリの理数系だったもん。昔から算数とか理科はパズルみたいってかんじで面白かったけど、国語は全然駄目だった。ようは、好きなものだけやたら凝るタイプ。だから読書感想文とか天敵だった」  あはは、と笑う夫。 「本読めとか言われても、三行読んで眠くなるっつーか?特に、大人が読め読めとか言ってくる退屈な児童文学ってほんと苦手だったわ。オバケも出てこないし地球を侵略してくる異星人も出てこないし人も死なねえんだもん」 「あ、ははは……」  なんとまあ、わかりやすい。私は苦笑いするしかないのだった。
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