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第1話
気づけば、誰もいない駅のホームに一人佇んでいた。
何故、こんな場所にいるのだろう。不思議に思った私は周囲を見渡す。
次の瞬間、突然頭の中に映像が流れ込んできた。それは──自分が電車に轢かれ、命を落とすという信じ難いものだった。
「何? 今の……」
そう呟くと同時に、背後から誰かの声が聞こえてきた。
「こんにちは」
驚いて振り向くと、そこには笑顔を浮かべた青年が立っていた。
年齢は二十代半ばといったところだろうか。黒檀のような黒い髪に切れ長の目、すらりとした高い背丈はモデルのような美しさがある。
端正な顔立ちだが、よく見るとその瞳は血のように赤い。
「あの……ここは一体どこなんですか?」
警戒しつつも尋ねると、青年はこう答えた。
「ここは、あの世とこの世の境界。言わば、あの世に行くまでの待機所といったところかな」
「え……?」
私は唖然として青年を見つめる。彼はそんな私を見て微笑みながら言った。
「あっ……名乗るのが遅くなってごめん。僕はレイジ。いわゆる死神さ。……そう、君は既に死んでいるんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に先ほどの映像がよぎる。あれは、夢なんかじゃなかったんだ……。
「どうして、私は死んだんでしょうか? その……記憶が曖昧で、いまいち思い出せなくて……」
震える声で尋ねると、レイジは淡々とした口調で答えた。
「──君は、自殺したんだよ」
「私が自殺を……? あ、あの……手違いとかではないんですか? もしかして、別の人と間違えてるとか……」
そう尋ねると、レイジは表情を変えずに言った。
「いや、君だよ。ほら、このリストを見てごらん」
そう言いながら、レイジはタブレット端末を取り出して見せてきた。
「ここに、亡くなった人の名前や死因なんかをリストアップしてるのさ」
画面を覗き込むと、確かにそこには亡くなったと思しき人達の名前と死因が書いてあった。
その中には、数日前に急死した芸能人の名前もあった。
「え!? あの俳優の死因、本当は自殺だったんだ……!」
思わず呟くと、レイジは頷いた。
「うん。世間的には、心不全ってことになってるみたいだけどね。ただ……一つ補足しておくけど、正直、僕たち死神にとって死因はどうでもいいのさ。一応、リストには残してあるけど、あまり意味はないんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。僕らの仕事は魂があの世に行くのを見届けることだからね」
レイジの話を聞きながら、私は自分の名前を探す。
「あっ……あった! えっと……私の死因は──」
私は思わず息を呑む。そこには、こう書かれていた。
『四月一日 武藤一華(20) 死因は電車への飛び込み自殺』と。
「……え?」
一瞬、自分の目を疑ったが間違いないようだ。
皮肉にも、日付は四月一日。これがエイプリルフールの嘘なら、どんなに良かっただろうか。
「……」
無言でリストを見つめていると、レイジが顔を覗き込んできた。
「もしかして、思い出しちゃった? 死ぬ瞬間のこと……」
「……はい」
やはり、先ほど頭の中に浮かんだ映像は自分が実際に体験したことだったのだ。
命が潰えていく感覚、身体に走る痛み──それを思い出すと、途端に寒気を感じた。
(そうだ……私、会社でいじめに遭っていて……それを苦に自殺したんだ……)
上京して二年。まさか、自分がいじめの標的になるとは思ってもいなかった。
会社では、先輩社員たちから執拗な嫌がらせを受け続けていた。それでも頑張って耐えてきたが、とうとう限界を迎えてしまったのだ。
「まあ、死んでしまったものは仕方がないよ。……そうだ、一華。輪廻転生って知ってる?」
レイジにそう尋ねられたので、私は小さく頷きながら答える。
「はい。新しい生命として生まれ変わるってやつですよね?」
「そうそう。人間には四十九日という、魂が生まれ変わるまでの準備期間があってね。それが過ぎれば、また新しい生命として生まれることができるんだよ。だから、そう悲観的にならなくていいんじゃないかな」
レイジはそう言うと、優しく微笑む。
「ええ……そうですね。確かに、そう考えれば悪くないのかもしれませんね。でも……」
本当にこれで良かったのだろうか? ……正直、迷いがないと言えば嘘になる。
「でも……?」
「あ、いえ……なんでもありません」
怪訝そうな顔で尋ねてきたレイジに慌てて否定すると、気を取り直して言葉を続ける。
「それより……ずっと気になっていたんですが、どうしてあの世とこの世の境界にある待機所が駅のホームなんですか?」
「ああ、それはね……ここに来た人間に、あの世に行く前に思い出巡りをしてもらうためさ」
「思い出巡り?」
私が首を傾げると、レイジは頷きながら話を続ける。
「うん。あの世に行ってしまえば、記憶はリセットされるからね。その前に思い出の場所を巡ってもらって、今までの人生を振り返る機会を設けているんだ」
「なるほど……」
納得したように呟いた途端、遠くから警笛が聞こえてきた。列車が来る合図だ。
「さて、そろそろ時間だね」
レイジがそう言った直後、ホームに列車が滑り込んできた。
「さあ、行こうか」
レイジはそう言うと、私の手を掴んで歩き出す。
列車に乗り込むと、私たちは空いている席を見つけて座った。
「あの……これからどこに行くんですか?」
私が尋ねると、レイジは微笑みながら答えた。
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