第2話

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第2話

「まずは、君の故郷に行くよ」  その言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。  インテリアデザイナーになる夢を諦めきれなかった私は、高校を卒業すると同時に上京した。  当然、両親からは猛反対されたけれど、私の決意が固いことを知ると渋々認めてくれた。  まずはデザイン会社にアルバイトとして入り、下積みをしながら資格を取ろうと日々奮闘していた。  それから二年間、必死に頑張ってきたけれど……まさか、心ない人たちにあんな酷い扱いを受けるなんて思いもしなかった。  そんなことを考えているうちに列車はトンネルへと入り、窓の外が真っ暗になった。そして──次に明るくなった時には、見覚えのある風景が広がっていた。  ──そこは、私が生まれ育った町だった。見渡す限りの田んぼと畑が広がっているだけの、退屈な風景。  私は、この町が嫌いだった。だから、早く都会に行って憧れのインテリアデザイナーになりたいと夢見ていたのだ。  けれど、今はこの風景が懐かしい。あの頃に戻りたいとさえ思ってしまう。 「懐かしいなぁ……」  思わず、そう呟く。すると、レイジが尋ねてきた。 「故郷を離れたことを後悔しているのかい?」 「え……?」  突然の質問に戸惑う。 「……わかりません。結局、どうするのが正解だったんでしょうね」 「そっか。まあ、それも人生だからね」  レイジはそう言うと、窓の外へと視線を移した。私も同じように外を眺める。  やがて、駅への到着を知らせるアナウンスが流れてきた。 「さあ、着いたよ」  レイジは立ち上がると、私の手を掴んで列車を降りた。  駅を出てしばらく歩くと、小さな商店街が見えてきた。  ここは、私がよく通っていた場所だ。懐かしい気持ちでいっぱいになる。 「あ、あのお店! 高校時代に友達とよく行ったんです!」 「へえ……そうなんだ」  レイジは興味深げに相槌を打つと、そのまま歩を進める。  そして、気づけば実家の前に到着していた。 「ここは……私が生まれ育った家です」 「よし。じゃあ、中に入ってみよう」  レイジはそう言うと、ドアノブに手をかける。 「え……? ちょ、ちょっと待ってください!」  私は思わず制止の声を上げる。すると、レイジは不思議そうに首を傾げた。 「どうしたの? ……ああ、安心して。家族には僕たちの姿は見えないから」 「そ、そうなんですか……? いや、でも……」  私が戸惑っていると、彼は微笑みながら言った。 「大丈夫、心配しないで。……ほら、行くよ」 「あ……!」  レイジは私の背中を押すと、強引に中へと押し込んだ。  次の瞬間、リビングのほうから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。 「え……?」  驚いてリビングに足を踏み入れると、赤ん坊を優しく揺すりながらあやしている女性の姿が目に入る。  若き日の母だ。傍らには、微笑んでいる父の姿もあった。 「お父さんとお母さん……? それに……あの赤ん坊は、私?」 「うん、そうだよ。二十年前、君は祝福されてこの家に生まれたんだ。ほら、両親の顔を見てごらんよ。二人とも、すごく幸せそうだ」 「……っ」  レイジの言葉を聞いていると、胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。 「そっか……私、こんなに愛されていたんだ」  改めて実感すると同時に、涙が溢れてくる。 「もっと時間を進めてみるかい?」  レイジの言葉に、私は頷く。 「ちょっと待ってね」  そう言いながら、レイジはタブレットを操作し始める。すると、場面は次々と変わっていった。  まるでパラパラ漫画みたいに、次々と映像が流れていく。そのどれもが幸せな瞬間で、胸がいっぱいになる。  そのまま時は進み──やがて、私が両親に上京することを打ち明けて反対されている場面に辿り着いた。 (十八歳の頃の私だ……) 「お父さんとお母さんには、私の気持ちなんてわからないんだよ! とにかく……私は、こんな田舎で一生を終えたくないの!」  突然、怒号を上げたかと思えば、過去の私はリビングを出て行ってしまう。 「あっ……一華! 待ちなさい!」 「一華! 待ってくれ!」  両親の制止の声も聞かずに、過去の私はそのまま家を飛び出した。  それを見た私は、思わず俯いてしまう。 「私……お父さんとお母さんにこんなひどいこと言ってたんだ……」  自己嫌悪に陥りそうになっていると、レイジが優しく肩を叩いてきた。 「大丈夫。きっと、君の両親もわかってくれていると思うよ。……さあ、そろそろ次の場所に向かおうか」  レイジは慰めるようにそう言うと、私の手を掴んで歩き出した。  それからは、列車に乗って色々な場所に行った。  家族旅行で訪れた温泉街、修学旅行で行ったスキー場、学校帰りによく友人たちと立ち寄っていたゲームセンター。  思い出の場所を訪れる度に胸が締め付けられるような苦しさを感じたが、同時に幸福感にも包まれているような感覚があった。  そして、最後に辿り着いたのは──高校時代、幼馴染である竜也(たつや)とよく訪れていた公園だった。  放課後、二人でここに立ち寄ってそのままブランコに乗りながら一時間ぐらい話し込んだこともあったっけ。ここで見た夕焼けは、今でも忘れることができない。 「懐かしいなぁ……」  私が感慨深げに呟くと、レイジが神妙な顔で尋ねてきた。 「もしかして、後悔してる? ……竜也君を置いて一人で都会に行ったこと」 「え……?」  図星を突かれて思わず口籠もると、レイジはさらに言葉を続けた。 「ちょっと、時間を戻してみようか」  そう言いながら、レイジがタブレットを操作すると──暫くして、高校生の頃の自分と竜也が公園にやって来た。 「あのさ……高校を卒業したら、東京に行くって本当なのか?」  不意に、竜也が過去の私にそう尋ねた。  過去の私は、迷うことなく答える。
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