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第3話
「うん。一度、外の世界を見てみようと思って。それに……やっぱり、どうしてもインテリアデザイナーになる夢を諦めきれなくて」
「そっか……」
竜也はそう呟くと、黙って俯いてしまう。
暫くすると、彼は思い立ったように口を開いた。
「あのさ……実は俺、昔から一華のこと好きだったんだ」
「え?」
過去の私は、驚いたように目を見開く。
「それ……本当なの?」
「うん。もし一華が東京に行っちゃうなら、言っておかないとって思って」
暫しの沈黙が流れる。そして、過去の私が口を開きかけた次の瞬間──突然、竜也がぷっと吹き出した。
「……あははははは! 本気にすんなって! 嘘に決まってるだろ!?」
「え? う、嘘……?」
過去の私は、呆けたような表情で言う。
「エイプリルフールの嘘だよ! どうだ? 驚いたか?」
竜也は悪戯っぽい笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「……はぁ、びっくりした。そういうのやめてよ」
過去の私は、呆れ顔で溜息を吐く。それを見た竜也は、やがて真剣な表情になって言った。
「なあ、一華。もし東京に行ってもさ……たまには俺のこと、思い出してくれるかな?」
「もちろん! だって、竜也は大事な幼馴染だもん」
「そっか……ありがとな」
過去の私が笑顔で答えると、竜也も嬉しそうに微笑んだ。
(そういえば、こんなやり取りしたなぁ。あの時は、エイプリルフールの嘘だって言ってたけど……本当に嘘だったのかな?)
思えば、竜也を異性としてちゃんと意識したことはなかったけれど……あの時の私は、内心ドキドキしていたような気がする。
そんなことをぼんやり考えていると、不意にレイジが声をかけてくる。
「さて……名残惜しいだろうけど、時間だよ。そろそろ、行かないと」
「……はい。わかりました」
思い出の場所巡りも、これで終わり。いよいよ、あの世に旅立つ時がきたらしい。
でも、もう怖くない。きっと、来世はうまくいく。根拠なんか一つもなかったが、不思議とそう確信している自分がいた。
「……行こう、レイジさん」
「ああ」
再び、私はレイジとともに列車に乗り込む。座席に座ると、不意に眠気が襲ってきた。
「あれ……なんだか、急に眠気が……」
「無理もないよ。君は今まで、ずっと頑張ってきたんだから。……大丈夫。次に目が覚めた時は、きっと前向きになれているはず。だから、安心して眠るといい」
レイジはそう言いながら、私の頭をそっと撫でた。その心地良さに身を委ねるように、ゆっくりと目を閉じる。
薄れゆく意識の中で、最後に見た光景は──優しげで、それでいて少し切なくもあるレイジの微笑みだった。
ふと目を開けると、大勢の人でごった返したホームにいた。
いつも通勤に使っている、見慣れた駅だ。でも──何か重要なことを忘れている気がする。
ぼんやりとした頭で必死に思考を巡らせていると、電車がホームに入ってきた。
次の瞬間、ふと頭にレイジの顔が浮かんだ。
(あっ……そうだ! レイジは……?)
慌てて周囲を見渡したものの、それらしき姿は見当たらない。
(というか……なんで私、こんなところにいるんだろう? 確か、死んだはずだよね……?)
そう思い、慌ててポケットからスマホを取り出し日付を確認する。四月一日──時刻は午後一時三十分。
……おかしい。自分が自殺する直前だ。思い出の場所巡りを終えた私は、レイジとともに列車に乗り込んだ。
予定では、その列車に乗ってあの世へ旅立つことになっていたはずなのに……。
(ん……?)
ふと、左手に何かを握っていることに気づく。
確認してみると、小さな紙切れだった。
首を傾げながらも、少し皺が付いたその紙を広げてみる。すると、そこにはこんな言葉が書かれていた。
『君をあの世に連れていくって言ったけど、あれは嘘だ。何故かって? ……だって、今日はエイプリルフールだからね』
丁寧な字で綴られたその短い文章を読んで、私は呆然とする。
しかし、すぐに気を取り直して状況を整理した。
(もしかしたら、レイジは……)
果たして──私が死んだというのはレイジの嘘だったのだろうか。それとも、死んだのは事実だけれど、彼の計らいでやり直しの機会を与えてもらえたのか。
結局、答えはわからないけれど……一つだけ、確かなことがある。
「あ、もしもし? お母さん? あのね……実は、近いうちにそっちに帰ろうと思ってて」
気づけば、私は母に電話をしていた。
『えぇ!? 急にどうしたのよ? 仕事はいいの?』
電話越しに、母の驚いたような声が聞こえてくる。
「うん。もう、辞めることにしたから」
『そっか……でも、まさかあんたがこっちに帰ってくるとはねぇ……。あれだけ都会に拘っていたのに、どういう風の吹き回しなの?』
母の言葉に、私は思わず苦笑する。
「うん、ちょっとね。色々あってさ……やっぱり、そっちで生きていくことにしたんだ」
『そう。まあ……あんたがそれでいいなら、いいんじゃない?』
母は素っ気ない口調でそう言ったが、その声はどこか嬉しそうだった。
『ああ、そうそう。竜也君が寂しがってたわよ。帰ったら、顔を見せてあげなさい。きっと、喜ぶから』
「え? 竜也が? うん、わかった。それじゃあ、またね」
電話を終えると、私はふうっと息を吐く。
(……あの短い旅のお陰で、私は大切なことに気づくことができたんだ)
「よし、帰ろうっと」
私は小さく呟くと、くるりと踵を返した。
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