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「不信人物を発見しました!」
勢いよく飛びこんできたのはチャオ。敬礼を一つかますと、椅子にふんぞり返っているライを見、もう一度言った。
「不審人物です、隊長っ」
ライはボーッと宙を見ているだけで、なんの反応も示さない。
「隊長っ!」
ぱし、とライの頭を叩く。ほけっ、とおかしな声を上げ、ライは我に戻った。
「痛いやないけっ」
「隊長がボケボケしてるからですっ」
「わしは隊長やないわいっ」
「いいから! ……隊長、不信人物が、」
声を潜め辺りに気を配りながら、チャオ。
「……お前、どうしてもその遊びを続けたいんやな」
半眼でライがチャオを睨んだ。そして諦めたように溜息をつくと、言った。
「なにぃぃっ? 不信人物やてぇぇっ?」
大袈裟過ぎる感はあるが。
「わしらの陣地を荒しとるのはどこのどいつやっ、しょっ引いてこーい!」
「それが……、これなんです」
チャオが懐からあるものを取り出した。
チリリリーン、
涼やかな音色を放つ丸い物体が、チャオの手の中でころりと転がる。
「……人物、と言わんかったか?」
「……………はっ! と息を飲む私」
「今更息を呑むなーっ、これはどう見ても生きとりゃせんやないかいっ」
ぺし、と、今度はチャオがライを叩いた。
「……ゴミか?」
ライが問う。
「いいえ、違うと思います」
チャオが答える。
「どうしてそう言い切れる?」
「落とした人間がずっとこれを見てました。棒で突付いて取ろうとして、結局取れないでやんの。くくっ」
その光景を思い出してか、チャオが堪えきれずに吹き出した。
「なんや、お前見てたんかいっ」
「一部始終」
「ほんならそん時、返してやったらよかったやないかい」
「それはいけませんっ!」
ぶんぶんと首を振り、チャオ。
「これは大事な人質です。簡単に返すわけにはいきません!」
「……人質?」
「はい!」
「人質てお前、何する気や?」
「……隊長、お忘れですか? 今回の仕事内容を」
「……まさか、」
「そう。そのマサカです。あの人間はこの物体をとても大切にしているようだった。つまり、この物体を人質にすることで、我々はあの人間を自由自在に操ることが出来るということですよっ!」
ぐぉぉぉぉぉっ
背中にめらめらと燃える炎を背負い、拳を突き上げ盛り上るチャオ。
「……どうやってそいつと接触すんねん」
シュゥゥゥゥゥゥ
鎮火。
「……あは」
首を傾げ、可愛子ぶる。
「気色悪っ! ほんまにお前はアホやな。そんなちっこいもん一つで人間一人自由に操れるんやったらわしらの商売儲かり放題やないけっ。大体な、お前は人間を過大評価し過ぎや! こんなもんと引き換えにあんな仕事引き受ける奴がいると本気で思とんのか? その場は取り返したそうにしていたかもしれんが、一日経てばキレイさっぱり忘れてしまうわ、んなもんっ!」
「そうでしょうか?」
飛んできたツバをぬぐいながら、チャオ。
「何年この仕事をしとるんや、ボケ。人間の出来の悪さは重々承知のスケじゃなかったんかいっ」
「だーって、あの子はそんなに悪い子に見えなかったしぃ」
「あの子ぉ? 女かい」
「はい」
「けっ。あかんあかんっ、女なんて扱い辛いだけや。仕事はわしらだけでやる。そんなんアテにしてたら百年かかっても仕事おわらへんわっ」
ぷいっ、と横を向き、むすっとした顔のまま黙る。チャオはばつが悪そうにその場を後にした。歩きながら小さな丸い物体を眺める。
「いいアイディアだと思ったんだけどなー」
チリリン、
涼やかな音色。その小さな丸い物体を、チャオはポケットへと滑り込ませた。
*****
「……ねぇ、お母さん」
大体いつも帰宅する母を居間で背中越しに迎えている。だから千景が玄関で母を迎えるのは極めて珍しいことである。よって、母親である加奈子の反応もそれなり。
「お小遣いアップなら無理よ」
即座に言ってのける。
「もぅっ、そんな話してないじゃん。……あのね、不法侵入って、罰則厳しい?」
唐突だ。そしてストレートだ。
「何言ってるの? あんた」
「ん~、人の土地に勝手に入り込むのって、不法侵入でしょ?」
「どこに入りこむ気なのよ?」
「……内緒」
ここまで言っておいて『内緒』もなにもあったもんじゃない。加奈子は目を吊り上げて言った。
「あのねぇ、やっちゃいけないってわかってて悪いことする気? そんなのお母さん、許しませんよ」
買物袋を持ちなおし、台所へ向かう。千景はその後ろをちょこちょことついて歩く。
「違うのー。例えばの話なのー」
とても中学生とは思えない子供っぽさである。加奈子は時々不安になる。いつまでもこんな風で大丈夫だろうか、と。
「とにかく、法に触れるようなことはしないでちょうだいよ?」
言い放つと、晩御飯の支度をするべく、買物袋の中身を出し始めたのである。
「もうっ、」
千景は頬を膨らませると、プリプリしながら台所を出た。
(不法侵入だってバレなければ入っていないのと同じことよ)
自分の部屋に戻り、荷造りを始める。
夕飯を食べ終えたら、行ってみようと思っているのだ。どこかに入り口がある筈だし、鈴さえ返してもらえばそれでいいのだ。懐中電灯、お菓子、伊達メガネを鞄に詰め、用意を整えた。
「メガネかけてたら、顔見られてもあたしだってばれないもんねー。あたし頭いいっ」
……どうだか。
「探しててお腹が空いたらクッキー食べてぇ、あ、そだ、懐中電灯用の替えの電池も持って行かなきゃ」
半ば遠足気分ですらある。
「わかってないのよ、お母さんはっ。あの鈴はあたしにとって宝物なのに。不法侵入で牢屋に繋がれて鞭でぶたれることになったとしてもあたしはあの鈴を取り返しにいくわっ」
拳を突き上げ、決意を固める。
あれを詰めて、これを詰めて、いや、あれはいらない、これは絶対必要、などとやっているうちに台所からはいい匂いがしてきはじめる。千景は階段を駆け下り、食卓に並んだ夕飯を半ば掻っ込むように胃袋に収めた。
「千景、お母さんこれから町内会の集まりがあるの。後片付けしておいてくれる?」
「……へ?」
思わず間の抜けた声を出してしまう。
「茗静茗静神社の縁日が近いでしょ? その打ち合わせなのよ」
「縁日か。いつだっけ?」
「週末」
「町内でなんかやるの?」
「また焼きそばだってさ。田中さんが燃えてるから」
「ふーん」
「あら、もう時間だわ。じゃ、頼むわよ」
そういうと、バタバタと加奈子は出て行った。千景はにまっと笑い、食器はそのままで二階へと駆け上がる。
「大チャンス!」
窓から出て行くことも想定していたのだが、今なら堂々と玄関から出て行けるのだ! 早いところ済ませてしまえば、加奈子が戻る前に帰れるかもしれない。
「完全犯罪よっ」
ちょっと違うのだが、本人はノリノリである。急いでリュックを背負うと、あの空き地へと急いだのだった。
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