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「ライ! 一体、一体あれはっ!」  チャオが引きずられた格好のまま喚いた。 「ったく、気ぃ失うとは情けないやっちゃ」 「ライは大丈夫だったんですかっ?」  驚きと尊敬の眼差しでライを見上げるチャオ。 「けっ。わしはお前とは違うわっ。あいつと平気で喋っとったわ。何でも、探し物しとる言うとったで?」  得意満面のしたり顔で、ライ。 「探しもの……ですか」 「ここは立ち入り禁止区域やさかい、とっとと出て行けー! 言うて追い出したんや」  言いたい放題である。 「すごい! さすがですっ、ライ!」  チャオは素直に飲み込んでしまっている。 「でも、」  チャオが首をかしげる。 「なんや?」 「どこかで見たことがあるような気がするんですよねぇ」 「あいつをかっ?」 「はぁ、」 「はぁ、じゃあれへん! 一体どこで見たんやっ?」 「うーん……、」  腕を組み、思い出そうとするチャオ。と、ポン、と手を叩きポケットを探る。 「これですよ、ライ!」  チリリーン  ポケットから丸い銀の珠を取り出す。 「なんや、それ?」 「もうお忘れでっ? 今朝拾ったやつですよ、今朝!」 「そやったか?」  プイ、とそっぽを向く。そして、目が合ってしまう。 「あ゛……、」 「私が言ったじゃないですか。これを人質にあの人間を利用できる、って。なーんだ、飛んで火にいるなんとやらだったわけですよ。そうとわかってたらあんなにビビることなかったんだ。これを突きつけて下僕にしちゃえばいいんだもんな」  一点を見つめたまま動かないライのことなどお構いなしに、チャオは一人で喋っていた。 「それにしてもライはすごいですね。あの恐ろしい人間相手に『出て行け!』なんて言っちゃうんだから。見たかったなー、ライが啖呵切ってる姿。確かに奴は怯えてましたよ、最後。突っ立ってボーッとこっち眺めてましたからね。ライは背中向けてて気付かなかっただろうけど」  尚も続く。 「それにしても、まさかあの柵を越えてこっちまで入ってくるとはね。これ、よっぽど大切なものなんですねぇぇ」 「そうなの」  ピクッ  チャオの耳が動いた。 「い、いやだなぁライ。変な声出さないでくださいよ」  ふと見ると、ライは固まっている。まるで銅像か何かのように、瞬き一つせず一点を見つめているのだ。 「それ、返してもらえる?」  ゾワゾワゾワゾワッ  背筋が凍る音が聞こえたような気がしていた。 「……ラ…イ?」  恐る恐るライの視線の先を辿った。  そして、チャオはまたしても白目をむいてその場にひっくり返ってしまったのである。 「ボケぇっ! 倒れとる場合かっ。わしかてビビッとんねん! お前だけ意識手放して楽になるなやっ!」  とうとう本音を語ってしまう。が、ハッと口を抑えると震える足を叩きながら、千景の方を向いて、言った。 「いっ、今のは嘘やで。お前を油断させる為の作戦やっ! 大体、何でお前ここにいんのやっ。帰ったんちゃうんかいっ」  威勢良く叫んでいるつもりなのだろうが、実際は声が上ずっていてちっとも迫力などない。千景は笑い出したい気持ちを何とか抑えつつ、ライに向かって話し始めた。 「ごめんなさい。二度も驚かせるつもりはなかったんだけど……。あの、ちょっと話を聞いてもらいたいの」 「なっ、ななななななんでわしがお前の話を聞かなあかんのやっ。大体、お前わしらを見てちーとも驚かんのかいっ」 「驚く?」  キョトン、と千景。 (こいつ……アホかもしれん)  ライは額に一筋の汗を流した。  昔、人間に姿を見られたときの視線とは明らかに違っている。あの時は……そう。はじめは驚愕の表情。それがふと怪しい顔に変わり、好奇と企みの眼差し。危ないオーラを放ちまくり近付いてきたのだった。しかしこいつはどうだ? 警戒心のまるでない目。好奇心は感じられるが、危険な匂いなどまったく漂ってはいない。それどころか、ごく当たり前のように話し掛けてきているではないか。 「う……ん、」  ひっくり返っていたチャオが目を覚ます。バッと上半身を起こすと、千景とライを交互に見渡した。 「しっかりせぇや、ボケッ」 「あの、あたし別に二人に危害加えたりしないよ?」  ひどく怯えている二人の緊張を和らげようと、千景は優しい声で言った。しかし二人の冷たい視線は、変わらない。と、ライが重く口を開いた。 「前にな、人間に見つかってしもたことがあったんや。あんときは大変だったで。しつこく追い回されて生きた心地がせんかったわ」 「……そう、なの?」  申しわけなさそうに、千景。 「そりゃ、見たことのない生物を目の当たりにすれば極端に怖がったり、捕まえてどうにかしようという気を起しても、それは当然ですから」  チャオが補足する。 「そうか。普通は怖がるものなんだ」  ポン、と手を叩き、まさに今気がついたといわんばかりに千景。チャオが小さく溜息をつき、意を決して言った。 「千景さんって、人間ですよね?」 「うん」  素直に頷く。 「変わり者って言われます?」 「……うん」  ワンテンポ置き、頷く。 「……ライ、彼女は大丈夫ですよ。危害を加えるつもりはないようですし。どうでしょう? ここは一つ和解して、この仕事彼女に手伝ってもらっては?」 「なんやとっ?」 「だからぁ、私が言っていた通りに事を進めるんですよ」  チャオがライの耳元でこしょこしょと何かを囁いた。 「……ううっ、なるほど」  そして二人は目と目を合わせ、にっこり微笑んだのである。
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