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 放課後。  千景は図書室にいた。例の金色ネズミについて調べているのだ。しかし中学の図書室にある書物なんてたかが知れている。専門書ではないし、調べようにも限度がある。生物図鑑だってほとんど調べ尽くしているのだ。 「ふぁ~」  目がチカチカする。分厚い図鑑をパタリと閉じると、視線を上げた。バチッと目が合ってしまう、人物。 「あ……、」  向こうも千景を見ていたらしい。慌てて視線を外し、そ知らぬフリ。しかし、こんな場所で出会うとは、意外である。  千景はそのままの姿勢で彼を見続けていた。と、向こうもまた、千景を見たのである。  ニコッ  と笑いかけ、軽く会釈。つられた彼も、思わず会釈。 「本、返しにきたの?」 「……うん」  彼……都築一也はなんとも不思議そうに千景の質問に答えていた。 「今ね、図書室の先生会議中でいないんだ。返す本は、そこに置いて行っていい、って」 「あ、そう」  一也は少し困っていた。この女子が睦美の友達であることは知っている。が、直接話したのは今朝が初めてだ。クラスも違うし、出身中学も違う。なのにどうしてこう積極的に声を掛けてくるんだ? 「あの……、なんか調べもの?」  なんとはなしに、訊ねる。と、千景は目を輝かせて言ったのである。 「そうなんだっ。都築君さ『金色のネズミ』って知らないっ?」 「へ?」  あまりにも突飛な単語に、思わずのけぞる一也。確かに、彼女が読んでいた本は生物図鑑ではある。が、金色のネズミ? それを調べてどうしようというのか。 「知らねぇ」 「だよねー。アハ、ごめん。気にしないで」  放課後の図書館。  誰もいない図書館。  千景は、心の中でガッツポーズをとっていた。 (お近づき作戦、成功だわっ)  ……そうなのだろうか……。 「あ、俺そろそろ部活あるから」 「うん。頑張ってねー」  ひらひら、と手を振って見送ったのである。 「……ああっ!」  そして今更ながらに気付く。 「あたしったらバカみたいっ。今、言っちゃえばよかった。お祭りのこと……」  せっかくのチャンスを、台無しにしてしまった。自分がお近づきになるより先に、睦美とのデートを約束させてしまえばそれでよかったのだ。 「あーん、失敗したー」  そしてまた机に突っ伏したのだった。 ***** 「アホかお前はっ」  案の定、今日の報告をすると頭ごなしにライがどやしつけてきた。 「だってぇ~」  千景が口を尖らせる。 「まあまあ、しかしこれでその都築君とは普通に喋れるまでになったわけですし」  チャオがフォローする。 「お前なぁ、千景が都築と喋れるようになる必要がどこにあんねんっ? お前はキューピット引き受けてんねんで? 仲良うなって都築が千景のこと好きんなってしもたらキューピットやなく魔性の女やんけっ」 「えーっ? 都築君があたしにっ? そんなのないないっ」  恥ずかしさに顔を赤らめ、千景が否定した。 「これやからなんも知らん小娘は困る、言うとんのや。あんなぁ、恋っちゅーもんはそんな簡単なもんなんやっ」  ビッ、と人差し指を天に向かって突き上げる。……そのポーズに特別な意味はないが。 「そうなの?」  チャオに聞き返す。 「まぁ、確かに恋は突然やってくるものでありまして、千景さんが都築君に近付き過ぎるのは双方に取ってあまりよくはないかと、」 「双方にって? ……まさか、私が都築君のこと好きになっちゃうって事? そんなわけないじゃん。友達の好きな人だよ?」 「せやから甘い言うとるやん。千景、お前恋したことあんのんか?」 「う……、ない。」 「せやろなー。お前、ほんまに鈍そうやもんなー」 「ひどっ」 「まあまあ二人とも。……で、千景さん。あの、ネズミの方は……?」  しっかりもののチャオである。 「あっ、それね。……学校の図書館で調べるのは無理だわ。別の方法考えなくちゃ」 「なんやほんっまにトロいなぁ」  ライが腕組みしてふんぞりかえる。 「元々二人の仕事でしょうっ? ライやチャオはどうなのよっ! ちゃんとネズミのこと調べてるのっ?」  負けじと、千景。 「……調べてへん」 「ええっ?」 「調べてへんわっ。今やネズミ探しは千景の仕事。わしらは鈍くさいお前に代わってキューピット作戦を練っとるんじゃっ。世の中ラブアンドピースやろがっ」 「……ライ、それを言うならギブアンドテイクですって、」  チャオが頭を抱える。 「なんか、ずるーいっ」 「ずるいことあらへんっ。おい、千景、物品納期が迫ってんねん。わかっとんのか?」 「……って、あたしいつまでに見つけてこい、なんて言われてないよ?」 「なぬ~~~~っ?」 「あ……、言ってませんね」 「チャオ!」  げしっ、と頭を殴りつける。 「何で大事なとこ話しせんのやっ」 「いや、しかしライ、本当に千景さんに頼んじゃう気なんですかぁ?」  痛む頭を撫でつつ、チャオ。 「しゃーないやろ。わしらの力では見つからんかったんや」 「……もー、」  ペラペラ、と手帳を捲る。 「えー、○月○日納期。督促後、○月△日に変更。しかしそれでも見つからず更に督促後○月□日に納期変更、そして現在が×日ですので、先日督促が来て最終納期は△月□日ということになってます」 「あ、お祭りの日だ……って、もう今週末じゃないっ!」 「せやな」  ライは明後日の方向を見て頷いた。 「どーすんのよっ。見つかるかどうかわかんないじゃないっ」 「アホ抜かせ! わしらの生活かかっとんねんっ。何が何でも見つけなあかんわっ」 「ええーっ?」  頭が痛い千景である。 「……そうですね。もし見つからなかったりしたら……、」 「そしたら?」 「あの依頼人、ここまで来ちゃいますよ。んでもって、私とライを締め上げて、ああっ、腕の一本も取られたりして……、」  ブルブルッと身を震わせ、チャオ。 「……そんなに怖い人なの?」  恐る恐る千景が尋ねる。チャオは両腕を胸の前に垂らし 「千景さん、化けて出ますからねぇ~」  と脅してみせた。 「やだ、もぅっ。……にしても、なんとかしなきゃ、だわ。仕方ない。今度は図書館に行って調べてくるか」  図書館に行くのなんて何年ぶりだろう。勉強もろくにしない千景にとっては、無縁の場所である。 「ほな、そうしてくれや。んで、キューピットの方やけどなぁ」  仕事より今は人の恋路ばかりに気を取られているライなのである。
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