8 気になる“禁書”の動向

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「わ、私も後でちゃんと見たいです」 「本の精霊(カハナ)を?」 「えっと、クラウン・マジックを……」  随分子供じみたリクエストをしてしまい、テティアが気まずそうに目を泳がせる。  ダリウスは笑うと「お安い御用ですよ」と言った。 「やった。そう言えば、どうしてあの母親が探している内容が分かったんですか?」 「あの方はあなたの真逆です。理屈からではなく体感的に覚えているタイプですね。なのでそういう表現の多い本の方がすんなり入るんでしょう」 「あー、なるほど。そっか…理詰めばかりがいいわけじゃないんですね」 「人それぞれですね。自分が分かりやすい方法を自分で知っていることが1番勉強ははかどるでしょう。そう言う意味ではあなたは勉強しなれているんでしょうね。では私は少々地下にこもりますので」 「地下? グリモワールに何かあったんですか?」  地下にあるのは厳重に管理されている精霊書(グリモワール)だけ。  司書が部屋の中を見る用事などないが、前任のアンセルはこんな頻繁に、そして長時間滞在することはなかった。 「ええ、まあ。“禁書”ですよ、テティアさん」  テティアは「ああ……」と言うとそれ以上は突っ込まず「行ってらっしゃい」と見送った。 「さて、来館者も多かったし少し散らかっちゃったな。館長が来る前に整頓しちゃおう」  本はあった場所に戻してくれるのが1番だが、どこだったか分からなくなったりそもそもそれほど気にしなかったりと必ずしも所定の位置に戻されるわけではない。  来館者が多かったので移動してしまった本もいくつかあり、テティアはそれらを綺麗に戻して回った。  そうしているうちにいつの間にか館長が出勤し、アデリナは昼休憩に行ってしまった。 「いやいや、大変だよ。グリンヒルの図書館あるだろ。昨日あの周辺で邪霊が現れて一時騒然としたらしいね」 「え、町は大丈夫だったんですか?」 「大型ではないから町への被害はないんだが、図書館の近くって言うからそれが心配でね。今状況を確認しているところだよ」 「そうなんですね」  グリンヒルの図書館は王都以外にいくつかある魔術図書館の中でも比較的大きい方。  地下には数冊のグリモワールが安置されていると聞いている。    そんなグリモワールを管理する図書館近くでの邪霊の出現。  このタイミングで地下にこもっているダリウス。  何か関係があるのだろうか。 「このところ何か出現も多い気がしますよね」 「そうだねえ。しかもこのタイミングで精霊術師団長が退任するって噂だよ。城内では次に誰が就任するかで派閥争いも出来ているらしい」 「毎回そうなるんですね」 「ああ。今星辰勲章(ジル・スター)を持つのは2人と聞くからね。そのどちらが就くかで揉めているのだろうね」  星辰勲章を授与されたクァナリーは、星の精霊(クァナ)であるジルを象徴する星型の勲章をそのローブに付けることを許される。  派閥や利権があろうと最終的にものを言うのは実力なので、その勲章を持つことはクァナリーズの中では大変名誉なことであり、例え平民の出身であっても伯爵位と同等の身分を保証される。違うのは領地を持つか持たないかであって、その分報奨は莫大らしい。その辺の男爵程度なら資産は敵わないかもしれない。 「確か去年に女性クァナリーが授与、3年前に男性が授与されてますよね」 「さすが君よく覚えてるよね。名前は公表されていなかったけど。あ、そろそろ君お昼行ってきなさい」 「はい、休憩いただきます。あ、ダリウスさんは今地下に用があるそうです」  テティアは休憩に入る前にセキュリティの役割を果たす大水晶を見た。  水晶は何も異常がなければただの透明なガラスのよう。  なんとなくだが邪霊出現と地下にこもるダリウスの関係が気になり見つめてしまうも、ただ透き通った先に向こうの景色がひっくり返って見えているだけだった。
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