40 テティア、故郷に帰る

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「わー、土の香りの人参なんて久しぶり」 「私は畑から抜いてすぐ食べる人を初めて見ました」 「ふふふー、やっぱりダリウスさんはなんやかんやお貴族様ですよ。じゃあついでに初体験もどうぞ」  口の前ににゅっと出された人参を、ダリウスも一口かじる。  確かに人参ではない味がする。これが土の味なのかと思った。 「土の精霊(ミティアス)もこんな香りがするのでしょうか」 「精霊の香りなんて考えたこともありませんでした。うーん、味が薄いなあ。これだったら王都の人参の方がまだ美味しいかも」 「確かに風味は弱いようですね」 「サイズも細いし。やっぱりまだ回復してないみたいですね」  テティアはもう1口かじってからそう言うと、畑を眺めた。  ダリウスは裸眼で辺りを見回している。  アイニの流れを見ていた。 「12年前、この村のほとんどが影響を受けましたよね?」 「はい。うちだけじゃなくて、ほんとにもうほとんど全部。だからどの畑でも苦労してます」 「闇が精霊化したことでアイニの流れも新しく1つ増えたのですが、どうやら邪霊の影響を受けると土地を覆うように闇の精霊がそこに落ち着いてしまうようです」 「覆うとどんな影響が?」 「闇に他のアイニが溶け込んでしまい土まで到達していないのかもしれませんね。私も闇に関してはまだ調査中で分からないことが多いのですが」 「精霊化する前と後、どんな違いがあるんですか?」 「簡単に言えば何かに悪影響を与えるかどうか、ですね。性質の違いです。恐らく邪霊の時にも見えていなかっただけで闇はあちこちに存在していたんでしょう。それが邪霊として集結すると我々にも感じることは出来る。そうでなければ今までなかったものが突然大気に溢れることになるので、精霊化が大問題になったかもしれません」  他の精霊と同じく大気に闇は溢れていたが、邪霊術師が干渉しなければ悪意の影響を受ける心配はほとんどなかった。稀に墓場などでその濃度が高くなり周囲に影響を及ぼすことはあったが。 「テティア、私が団長に就いたらやりたいことがあると言いましたね」 「はい、私に選択肢があるとも」 「これです。土壌回復師(ランド・レストーラー)です。かつてクァナリーと対で存在した。この職を復活させたいと思っているのですが」 「えええ、それを私にやれと?」 「あなたなら出来そうな気がするんですが。以前より魔法を使い易くなってませんか?」 「なってますけど……なんで練習もそんなにしてないのに?」 「私の疑似回路も太くなりました。あなたにも作用していて不思議はないと思います」 「ああっ! あーあーあー、そういうことだったんですね……通りで…」 「新たに学び直せば防御回路に関してはかなり使えるようになると思います。興味、ありませんか?」 「ありますけど……」 「復活させられれば国家資格として認めていただこうと思っています。“国家魔術師・ランド・レストーラー”ですね。今なら好きなようにローブのデザインを決められます」 「国家魔術師……ローブを好きに……」 「最高峰のクァナリーの隣で働いてみたくありませんか?」 「クァナリーと一緒に……ダリウスさんの隣で……」  ゴクリ、とテティアの喉が動く。  司書の仕事も気に入っていて、なんとか滑り込んだ国家魔術師の肩書を持つ仕事。  だけどもっと、本当に魔法を使う仕事が出来るかもしれない。  しかも大好きな人の隣で、好きにデザインしたローブを着て。 「やります」 「あなたならそう言ってくれると思っていました」  ダリウスは笑顔でテティアの手を掴むとまた歩き出した。 「では明日少しだけ試してみましょうか。私も手探りですので、色々やってみないことには分かりません」 「どうしよう、楽しみ」 「ええ、私もです」 「ダリウスさんと一緒にいるとほんと楽しいことだらけですね!」 「私も同じ気持ちです」  村の中央まで来ると待たせていた馬車に乗り、隣の町まで戻った。  クァナリー最高峰のダリウスと肩を並べて新しい魔法の話が出来るなんて、こんな名誉なことはあるだろうか。  テティアは隣に座るクァナリーを見つめ憧れを募らせ、それがもうすぐ夫になることを思い出すと愛しさを募らせた。
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