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41 キスの種類
朝の早い時間に再び実家を訪れたテティアは、両親に「畑の元気を取り戻せるか試したい」と言って許可を貰い、2人が収獲作業をする畑の端っこでダリウスと早速昨日話し合った魔法を試してみることになった。
両親は2人が何をするのか、特にダリウスがどうするのか気になり、あまり作業の手が進んでいない。
「まず闇の精霊が多すぎるのでどいてもらいましょう。かなり繊細な性格の持ち主ですので、脅かさないように、泣いている子供の話をゆっくり聞いてあげるような気持ちで接して下さい。祝詞は大丈夫ですか?」
「昨日教えてもらいましたので!」
「闇の魔法を使える人間はまだ少ないです。ただし人前で使うには注意が必要です。未だ暗躍する邪霊術師と混同されかねません」
「はい。じゃあやってみますね。……闇の精霊、アガッハよ。荒ぶる心を鎮め、静かなる安寧をもたらすものよ。私がここに在るように、あなたもただここに在れ」
しかし何も起こらない。
どうやらテティアの祝詞はアガッハには届いていないらしい。
「テティアの中にはまだアガッハに対して迷いがありますね。あなたが信用しなければ言葉だけ捧げても届きませんよ」
「うーん、そんなつもりはないんだけどなあ。やっぱり漠然と邪霊のイメージが付きまとっちゃうのかな」
テティアは首をひねる。
もう1度同じ祝詞を捧げるも結果は同じだった。
「やっぱりなんとなく怖いのかな」
「まあ無理もないでしょう。ですがテティア。あなたに見せたあの夕焼けの景色。あのピンクは、闇が関与することで実現できたと知ったらどうです?」
「あの景色を……あれは凄く綺麗でした。私の大好きな瞬間に何もかもが染まってて」
「そう思うと闇の見方も少し変わりませんか?」
「変わりそう……」
今度は心にあの時の光景と、ついでにその後にダリウスが言ってくれた台詞を思い出し、ちょっぴり幸せな気分に浸ってしまう。
「テティア、顔がにやけていますが。無です。心は凪ですよ」
「す、すみません。凪。凪ですね」
1度深呼吸をしてからもう1度捧げる。
村の土地を衰弱させるほど強い闇が、どうしてそんな繊細なのだろう。
繊細……繊細。
自分の中にそんな繊細さはないかもしれない。
神経が図太いわけでもないが、壊れやすいわけでもない。
どちらかと言うと騒ぎ立てる方が好きだし、孤独にひっそりと、と言うのは自分のイメージとは合わない。
「ダリウスさん、心が繊細ってどういうことですかね」
「感度が高いと言う事ではないでしょうか」
「感度?」
「例えば悲しみ。他人が1しか感じないものを、10感じたら。1日泣いて終わるものも、10日泣き続けるでしょう」
「なるほど……大変そうですね」
憎しみや恐怖の感度が高くて邪霊は暴れたのかもしれない。
ほんとは人間が働きかけなければ何も起こらなかったのかな。
「闇の精霊、アガッハよ。荒ぶる心を鎮め、静かなる安寧をもたらすものよ。私がここに在るように、あなたもただここに在れ」
空気が変わった。
何かがテティアの声を聞こうとしてくれているような気がする。
水でも光でも、祝詞を捧げれば同じ感覚があった。
「今度は成功したようですね。では次は土から少し離れてもらいましょう。居心地のいい場所からどいてもらうわけですから、代わりの場所を用意しなければなりません」
「それはどこになるんですか?」
「術者です。ですので沢山は取り込めません。1度術者に取り込み、他のアイニと共に大気に還してやります」
「そ、それは私には難易度が高いのでは」
「ほんの少しでいいです。あなたの両手で無理なく救えるだけで」
「両手で……」
テティアは水でも救うかのように両手を出した。
「闇の精霊よ、私の中にはアイニが巡る。あなたも共に巡り、空に還りたもう」
実際に両手に何かが入るわけではないが、テティアは足元から体の中にひんやりしたものが通っていくのを感じた。邪霊の気配があった時と同じような感覚に驚き、集中を途切れさせてしまった。
「あっ……」
「怖かったですか」
「なんか邪霊みたいな感覚が……」
「私も最初は驚きました。あの爆発前の収縮に触れた時と近い感覚があったので。ただあれは私の体を焼きますが、精霊化したアガッハはそんなことはありません。慣れるまでは難しいかもしれないですね」
「それに両手で救うくらいしか1度に出来ないなんて、かなり練習しないと現実的ではないですね」
「ですが祝詞を聞いてもらうことは出来ました。クァナリーでももっと時間がかかる人がいましたので、悪くないセンスですよ」
続きはダリウスがやってみることになり、彼は祝詞を捧げ直すとテティアが両手にも救えなかった闇を、結構な時間をかけて取り込んでいた。
テティアに流れを見る事は出来ないが、どことなく穏やかな空気を感じる気がする。
これで土壌の一部から闇の精霊が離れた。これでフラットな状態。
あとは闇も含めた精霊たちに、この土地に祝福を与えてもらうことで土壌を生きた状態に戻せる。
そうなれば今までいくら肥料をあげようが無駄だった育成も順調に進むようになるだろう。
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