41 キスの種類

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  「ただし答えが出るのは次の収穫の時になるので、来年ですね」 「楽しみだなー。いや、楽しみににしてるんじゃなくて私も出来るようにならないと! いい先生が傍にいるんだし」 「あなたなら手取足取り、他には出来ないような教え方も出来そうですね」  そう言って怪し気な笑みを浮かべる時の彼は、大体不埒なことを考えている時。 「もう……ダリウスさん、いやらしいこと考えてる」 「あなたの言ういやらしい事とは?」 「む……き、キスとか」 「キスがいやらしい事なら愛情表現はどうするのです?」 「むー……い、いやらしいキスとそうでないキスがあってですね」 「ふむ……違いが分かりませんね。ちょっと教えて頂いても?」  ダリウスは手をすっとテティアの頬に伸ばそうとして、そのまま髪をひと撫でするに留めた。 「流石にご両親の前ではまずいでしょう。それとも少し期待しましたか」  テティアがぷくっと頬を膨らませる。  ダリウスを睨みつけるが全く怖くない。それどころか目は笑っているので怒ったふりだけしている様子が可愛いとしか言えない。 「期待しちゃいましたっ! お母ちゃん! 私お昼作るよー!」  テティアはダリウスにそう言うと、後半は母に言いながら走り出した。  彼の目にはアイニの流れが見える。  その背中には、彼女の人柄でも気になるのか、まるで様子を伺うように闇のアイニが漂うのが見えた。  この闇の精霊(アガッハ)、現代で扱うには社会的な問題が少々あるのだが、彼女ならきっと共に解決していってくれるだろう。  しばらくして小さなテーブルにはテティアが作った実家特性の人参ポタージュと、持参した食材で作った昼食が並んだ。  テティア本人が人参の育成不良で「なんかいまいち」と言うポタージュをダリウスは喜んで完食し、言い忘れていた爵位に両親が仰天する賑やかで楽しい食卓となった。    名残を惜しむ母と、そしてあまり口数は多くはないけどどうやら結婚に関しては結局喜んでくれているらしい父に「また来るからね」と別れを告げ、テティアらは王都へ出立した。   「テティアは母親似ですね」  帰りの宿で寝る支度を整えていると、ふと鏡越しにダリウスがそう言った。 「え? あんまり似てないけどな……どっちかって言うと、目がお父さんにそっくりって言われるのが凄く嫌でした。ティーンズの頃の話ですけどね」 「いえ、顔立ちの話ではなく、人柄の雰囲気ですね。母子と言うより、姉と妹のような関係にも感じました」  テティアは「だとしたら凄い年上の姉ですね」と言うと笑い、ブラシを鏡台に置いて振り向いた。 「でもよく村の人にも言われました。“これお姉ちゃんに持ってけ”とか“今日は妹はいないのか”とか。初対面でもそう思うんですね。そんなかなあ?」 「あなたを産んだ両親と育った土地ですからね。よく観察させていただきました」  テティアは“両親”と言う言葉に引っかかる。  ダリウスは本当にこのまま自分の両親に会わないつもりなんだろうか。  テティアは立ち上がりそっとダリウスの手を取ると、思っていたことを聞いた。 「ダリウスさん、私もダリウスさんのご両親にお会いしたいです」  ダリウスも両親に関しては閉口気味になる。返事を待たずテティアは続けた。 「私の親も、なんやかんやダリウスさんを連れて行って喜んでくれていました。お母さん、私の指輪を見て何度も「よかったね」って言ってくれたんです。自分を認識してくれないのは辛いことだと思います。私と違って、子供の頃からのわだかまりもあるでしょうし。でもやっぱり、話しがかみ合わなかったとしても、一目会いに行くくらいはしませんか?」  掴んだダリウスの手に頬を寄せる。  テティアの母が「よかったね」と言って何度も撫でてきたその手は暖かく優しかった。  大人になっても、その手はいつまでも母の手だった。  ダリウスには子供の頃からそんな手が無かったかもしれない。  だけどこのまま会わずに最期を迎えるのは、何か違う気がする。   「ほんと言うと、私ご両親にダリウスさんを認めて欲しいだけなんです。こんな立派な人なんだよって。あなた達の息子さんは、国も救えるような凄い人なんだよって……私が言うのは変なの分かってるんですけど、でもダリウスさんを認めて欲しいです」  そのままきゅっと腰にしがみついてくる。  星辰勲章を賜った時、両親は喜んだ。と言うより、ほっとしたようだった。  それは息子の出世を喜んだわけではなく、これで領地をどうにか出来るという安堵だった。  今更、息子と認識すらしない両親が何を認めてくれると言うのだろう。  でも。 「テティアは私の根底にあるものを代弁してくれるのですね」 「ダリウスさん……」 「分かりました。私も変に意地を張らず様子くらいは見に行きましょう。悲観しない質であっても、こと両親に関してはそうはいかないようです。私も、心のどこかでは認めて欲しかったんです。あなたに言ってもらわなければ、ずっと見て見ぬふりをしたままでした」 「じゃあ一緒に会いに行けるんですね」 「ええ、一緒に来てください。私1人では直視する勇気はないので」 「ダリウスさんでも勇気を無くすことなんてあるんですね」 「人は案外、自分の内面と向かい合う方が怖いものなんですよ」  ダリウスはテティアの頬を両手でそっと包み、「ありがとうございます」と言うと静かに唇を重ねた。  合わせているだけではすぐに物足りなくなって、柔らかなテティアの唇を食んでしまう。  テティアも腰を掴んでいた手を背に回し、そっと抱き寄せる。  吐息と共に薄く唇を開けば、それを待っていたかのように舌が滑り込んでくる。  絡め取られ、吸い上げられ、そのまま深く……なる前に、ダリウスが身を離した。
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