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42 “息子”
テティアの故郷から戻った1週間後。
そのさらに翌週にはクァナリーズ新組織の式典が控えているため、慌ただしいのは分かっているが決心の鈍らない内に領地の親の元へ向かうことに決めた。
馬車に揺られること半日、長閑な風景はテティアの故郷を彷彿させるものがあった。
「あ、湖……あれ湖ですか?」
「馬車で一周するのに30分程度の大きさですが湖ですね」
「私の故郷になくてダリウスさんの領地にあるもの、見つけちゃいました」
「冬になると厚く氷が張るんです。その氷に穴を空けて釣りをする者もいますね」
テティアは小さな窓から明るい陽射しを反射して眩しい湖面をみつめた。
春になったら小舟が出せると聞くと、はしゃいでいた。
湖が小さくなると、代わりに古びたカントリーハウスが見えてきた。
茶色っぽい建物に、屋根は青みがかった色をしている。
樹木や草地が完全に手入れをされているわけではなく、かといって雑然としない程度には木立が管理されている。
殺風景なタウンハウスの庭と違い、冬間近にも関わらずまだ彩を添えた花々が邸宅の周囲に点在していた。
「お城だ……」
「これでも規模は小さい方ですよ」
「綺麗……」
「気に入りましたか?」
「歴史を感じる佇まいと手を入れすぎないお庭が素敵です」
「中はかなり殺風景ですよ。歴代の当主が集めてきた美術品などはほとんど手放した後、そのままになっていますので」
「じゃあ、私が古書で埋めちゃおうかな」
「あなたを模った像などどうですか」
「それは趣味が悪いですよ」
そんな話をしているうちに馬車は到着し、久々の当主の滞在に出迎えの使用人が数人並んでいた。
彼らにはタウンハウスでのダリウスの詳細が送られている。
もちろんそれはダリウスの怪我から復帰、封印の邪霊を打ち破ったことや団長就任までの話、そしてついに現れた運命の相手についても書かれている。
タウンハウスの執事アルフと、カントリーハウスの家令フレッドの間では日頃から主の詳しい話が頻繁にやり取りされていた。
「旦那様、お帰りなさいませ。そしてテティア様、ようこそおいで下さいました。我々使用人一同、喜びと共に歓迎いたします」
優しい笑みを浮かべそう迎えてくれたのはこの屋敷の家令のフレッド。他にも領地経営の代理人、メイド長、そして両親の主治医がいた。
「テティア。彼らの紹介は後程させて頂きます。遅くなる前にまず両親の様子を聞きたいので」
ダリウスはまずリビングで主治医の話を聞く。
お茶を出されたがテティアも容態を知りたくて耳を傾けた。
「ご容態は比較的安定していると言えますが、2人とも食事量は落ちてまいりました。ファーン様は暖かい日は外の空気を楽しんでらっしゃいます。シェイン様はあまり動こうとはなさいませんが、時折チェス・パズルをなさっています。……ほとんど盤を見つめているだけですが」
「今から話をすることは可能ですか」
「ええ、もちろん。先ほどまでファーン様は寝てらっしゃいましたが、そろそろお目覚めではないでしょうか。今日は陽気がいいのでまた外に出たいとおっしゃるかもしれませんね」
ダリウスは主治医からそう聞くと黙ってしまった。
テティアが歩み寄り、ソファの隣にそっと腰を下ろす。
膝の上で握られていたダリウスの手に、そっと自分の手を重ねた。
「ダリウスさん。私がお話してみてもいいですか?」
「あなたが?」
「私は初対面だし、今日に至る複雑な感情も何もない状態です。今日のところは私との会話の様子を見て、明日またどうするか考えませんか?」
主治医にも「それでも大丈夫ですか?」と聞けば、「何も問題はありません」と答えた。
「いつも使用人相手にお喋りを楽しんでらっしゃいます。少々脈略がなかったり話題が唐突だったりとしますが、その辺は適当に合わせていただければと思います」
「どうかな?」
ダリウスはテティアの手を握り返すと、「お願いします」と少しだけ表情を崩した。
まずは父親がほとんど1日そこで過ごしていると言う部屋に向かう。
本館から廊下で繋がった離れのようになっているその部屋は、本来は寝室ではなく小さな温室に続くティールームだったと言う。
ゲストをもてなすこともあったこの部屋は、日当たりが良く開放的で、部屋で過ごすことが多い2人のためにダリウスが改装させた。
「ちゃんとご両親のこと考えているんじゃないですか」
「まだ意思がしっかりしている頃に“親を部屋に閉じ込めておくなんて”と言われただけですよ」
馬車の中でダリウスが言っていた通り、貴族の屋敷にしては調度品が極端に少ない廊下を抜け、主治医の後に部屋に入る。
窓が大きく明るい部屋の窓向きに置かれたベッドの上で上半身を起こした老紳士は、本を片手に駒がいくつか並んだチェス盤を前に何か考えているようだった。
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