42 “息子”

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「生きていたの」 「……え?」 「わたくしの可愛い子、一体どこに行っていたの」 「あの……?」  テティアは困惑してダリウスを見るが、彼も同じように困惑の表情を浮かべている。  医師までも同じだった。   「ダリア、5歳の時に死んだと思ったのに。こんな綺麗になって戻って来て……」 「ダリア?」  テティアの知る「ダリア」と言う名前はダリウスが著書で使った偽名しか思い浮かばない。  一体どういう事なのかダリウスの方をまた振り返る。 「ダリアって……」 「姉の名前は知りません。同じだとしたら本当に偶然です」  この屋敷で姉の詳細を知る人物は父以外にダリウスが生まれる以前から仕えていた使用人しかいない。  ダリウスはずっと静かに付いて来ていた家令を見た。  今ここで姉の詳細を聞かせてくれと。  家令のフレッドは悼むような目をファーンに向けた後、「大奥様、ほんの数分だけお嬢様をよろしいですか」と言ってテティアを連れ、ダリウスと共に席を外させた。 「姉の詳細を」 「……お名前はダリア様。その頃貴族間で流行りました園芸の一環で取り寄せたダリアが大奥様のお気に入りの花でございました。ちょうどその頃お生まれになったのが、お姉様のダリア様です。病弱なお方で、5歳の時に高熱を出しそのまま帰らぬ人となりました」 「なぜ母はテティアを娘と?」 「ダリア様は母親譲りの赤毛、目の色は父のグレーと母のブルーのちょうど中間のようなお色。ダリウス様はご存知ないと思いますが、当時の侍女にはこぼしていたそうです。誕生日を迎えられるダリウス様をご覧になるたびに、“もしあの子が生きていたら”と御姿を重ねることを。今は時系列も混乱なさることが多く、成長されたダリア様が生きて戻ったとそうお思いなのかもしれません」 「ダリウスさんは息子と認識されていないのに、私を娘と勘違いしてるということですか?」 「恐らくは。大旦那様も大奥様も、今は昔の記憶の中に生きてらっしゃいます。お歳は召されましたが、ご本人はまだ社交界で奮起していた頃のおつもりでらっしゃることが多いです。お姉様も生きてらっしゃれば39歳でございますので、今のテティア様よりずっと上ではあるのですが」 「社交界で奮起と言うのなら姉が19や20と言った頃合いでしょう。年頃の娘を持つ親が婿探しに躍起になる頃合い。テティアの21と言う年齢的にも無理はありません」  テティアは遠くにいるカウチのファーンを見た。  ようやく会えた娘を探しているのか、きょろきょろとせわしなく動いているのが見える。 「私、このまま娘として振舞うのには問題がありますか?」  ダリウスとフレッドが顔を見合わせる。  父も母も先が長くないことくらい分かっている。  死の間際に娘に再会出来たと思わせるくらいなんの問題もない。  むしろ“冥途の土産”ではないだろうか。 「テティアがそれでいいのなら」 「じゃあ私、なんだか探されているみたいだしもう少しお話してみますね」  テティアはそう言うと、カウチの母親の元へと戻っていった。  メイドがカウチの傍に用意した椅子に彼女が座ると、母は久しく見なかった笑顔を浮かべた。 「……おかあ、さま」 「ああダリア。一体どこでどうしていたの。元気にしていたのなら、どうしてわたくしの所へ帰ってくれなかったの」 「お母様、ずっとお会い出来なくてごめんなさい。私は少し遠くへ行ってしまって、戻ることが出来なかったの」  どうして急に、親も知らない間に遠くへ行くことになったのか疑問を抱く所だが、記憶の混乱する母は特にそこは気にならなかったらしい。  それよりも娘が美しく成長し再び自分の元へ戻ったことが重要なようだった。 「よく戻ったわね。寂しくはなかった? わたくしはずっと寂しかったわ。ずっと1人ぼっちだったのよ」 「ずっと1人にさせてごめんなさい。寂しい思いをさせてごめんなさい」  全ては嘘だし、母の記憶自体が偽物なのだが、背景を想うとテティアも切なくなってくる。寂しかったのは本当だろうし、1人のように感じていたのも本当なのかもしれない。  そこには快活なダリウスという少年がいたはずなのだが、彼女の娘を亡くした傷は計り知れない深さだったのだろう。    そう思うと、テティアの目からも一筋の涙が流れた。  芝居でもなんでもない、彼女の孤独感に共感して。  そして、そこにあった幸せに目を向けることすら出来ず、ダリウスが虚しい少年時代を過ごしてしまったことに。  皺だらけの手がその涙を拭うと、年老いた母は微笑んだ。 「いいのよ。今こうしてあなたに会えて幸せだわ。そうだ。一緒にお茶にしましょう。ミルクたっぷりの甘いお茶よ、あなたの大好きな」  テティアは笑顔で「是非」と答えると、1つ閃いたことがあった。 「その前にお話ししたいことがあるのですが」 「まあ何かしら」 「お母様、再会したばかりでこんなことを言うのは驚かれるかもしれないですけど、実は紹介したい方を今日は連れて来ているの」  母は少しだけ不思議そうな顔をした後、少女のように笑った。
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