42 “息子”

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「分かったわ。あなた、結婚の報告がしたくて戻ったのでしょう」  テティアは正直驚いた。  突然戻った娘が、突然婚約者を連れて来るのだ。  もしかしたら怒らせてしまうかもしれないと思ったが、それでもダリウスをお茶の席に同席させたくて咄嗟に言ったことだったのだが。 「お母様……どうしてお判りに?」 「だってあなた、その手を見れば分かるでしょう。素敵な指輪を大事な指にしているじゃない。よく見せてちょうだい」  テティアは左手を差し出した。  メイドが老眼鏡を渡すとそれをかけしげしげと眺める。 「まあ……ピンクと水色……ピンクサファイアとアクアマリンかしら? いえ、少し違う気がするわね……まさかダイヤ?」 「えっと……な、なんだろう……お母様、私石が何かは伺ってないの。でもこの色は想い出の色でとても気に入っているんです」 「あなたとてもいい顔をしているわ。大事にされているのね。わたくしの知らない所でもあなたを大事にしてくれる人がいたなんて……。ではその方とお茶にしましょう! なんて素敵な日なのかしら。ほら、早く準備よ」  ファーンがメイドを急かすと、寂しい老女の1人のお茶の時間はたちまち娘の婚約者と会うための小さなティーパーティになった。  テティアは1度席を外し、母の死角から様子を見ていたダリウスの元にやって来る。 「えっと……お、お母様に婚約者を紹介したいのですが……」 「不思議な逆転現象が起きてしまいましたね。ですが間違っていることを言っているわけでもないですからね。是非紹介願えますか」 「はい! あ……」  テティアが嬉しそうに返事をした後、急に真顔になる。  何か大事なことに気づいたらしい。 「お茶の作法的なものは……お母様って当然行儀に……」 「煩いですね。ティータイムの経験は?」 「そんなもの当然ないですよ。そもそもお茶だって最近ようやくたまーーーに頂けるようになったのに」  ダリウスはテティアと共に食事をした時のことを思い浮かべる。  男爵位は下流とは言え貴族の端くれ。当然平民階級との違いはそこかしこにある。  彼女に食事のマナーとして不快な部分はないが、細かな所作を取り上げたらキリがない。 「姉は話しぶりからミルクティーが好きだった様子。ミルクは必ず後から入れて下さい。母は先入れは“庶民臭い”と嫌います。音を立てないよう混ぜたらスプーンはカップの向こう側へ。取っ手は右側です。今はローテーブルなのでソーサーごと、取っ手は摘まむように持ちます。良いですか」 「え、待って飲むまでの壁が高すぎます」 「ミルクはいつ入れますか」 「私は先だから……あ、後ですっ」 「取っ手とスプーンの位置は?」 「取ってはひだ……右、スプーンは向こうっ」 「エレガントに持つには?」 「摘まむっ」 「ソーサーはどうしますか?」 「一緒に持つっ」 「上出来です。後は……頑張って下さい」 「なんですか今の間は!?」 「いえ、私は問題を感じませんので」 「それってお母様は問題を感じる可能性が高いってことですよね?」 「さあ、待たせてしまいますよ?」 「うぅ~~っ」  テティアは小さく呻いた後に腹をくくると、ダリウスの先に立って母親の元まで戻る。  少しそわそわした様子で待つ母は、やはりダリウスが息子とは分からないようだった。 「お母様、お待たせいたしました。こちらが婚約者のダリウス様です」  母はカウチからダリウスを見上げる。ダリウスは軽く目を伏せ会釈をした。  一体どんな反応が来るかと、緊張の時間が流れる。   「初めまして。わたくしはダリアの母でマイラー男爵夫人、ファーンと言いますの。今日はお会い出来て嬉しいわ」 「お初にお目にかかります、マイラー男爵夫人。突然のご挨拶にも関わらずお茶の席にお招き頂きありがとうございます。私もお目通り叶いまして嬉しく思います」  ダリウスが他人行儀な挨拶をするのが少し寂しく見える。  彼は夫人が差し出した手を取ると、軽くその甲に挨拶のキスをした。  一体ダリウスは、自分の母に何度初対面の挨拶をしたのだろう。  酷な事をさせてしまっただろうかと視線を落としそうになる。着席を促されたダリウスはそれに気づいたのか、「大丈夫です」とでも言うように軽く肩を叩き苦笑した。  お茶の席が始まってしまうとファーンは話に夢中になり、テティアが心配するほど作法は見られてはいないようだった。  心の中でほっと息を零すと同時に、ダリウスの方見る。その胸中はさぞ複雑だろうと思ったが、案外彼は穏やかな表情をしていた。 「まずはあなたのことを聞きたいわ。どちらの家で何をしてらっしゃるのかしら」  細かな打ち合わせなどしていないのでテティアは一瞬肝が冷えたが、ダリウスは至って冷静なまま。  テティアもそう言えば嘘偽りの上手な人だったなと思い出す。
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