42 “息子”

5/7
前へ
/170ページ
次へ
「恥ずかしながら私の領地は一昨年新規に拝領賜りました新興貴族でざいます。王家直轄ハルベリアのアードゥ地方を拝領し治めております」 「あら……随分と新しい……それにしては随分と所作が洗練されていますこと。こういうことは一朝一夕に身に着くものではありませんことよ」 「お褒めに預かり光栄です」  ダリウスはそう言うと母には分からぬように小さく笑った。  テティアもダリウスを見る。  彼の話ではあまり褒められる事のない少年時代を過ごしていたはず。  息子と認識しなくなった途端に褒められたことが、どうやら彼には面白いらしかった。 「一体どんな功績で拝領なさったのかしら? なかなかない事よね」 「私はクァナリーズに所属しております。星辰勲章を賜り、活躍を認めて頂きそのような運びとなりました」 「まあ。なんて名誉なことなんでしょう。実はわたくしの子も……いえ、なんだったかしら……あら? ……えーと、ごめんなさい。えー……わたくしの……? ダリア……ダリア、そう、あなた、素晴らしいわ。星辰と言ったらよほどの実力ですのよ。素晴らしいわ……」  ファーンは記憶の断片に引っかかるものを見つけたが、うまく拾うことは出来なかったようだ。  それより娘が礼儀と社会的地位と実力を兼ね揃えた人物を見つけてほっとしたらしい。  ファーンは使用人に渡されたお茶を一口飲むと、それを返して背中のクッションに身を預けた。 「でもダリアがいい相手を見つけてほっとしたわ。あなた、縁談を持ってきても全て断ってしまうんですもの。出来るだけいいお家をと思って伯爵位をいくら持ってきても。頑張って繋いでいただいたマーシャン侯爵の時は……あら、マーシャン侯爵は一人娘だったはずよね……」  ファーンが口元に手をやり記憶を手繰り寄せようとしている間、ダリウスはそっとテティアに耳打ちする。 「縁談相手の話は私のものと混同していますね。25歳前後の時の縁談の量には辟易としたものです」 「気になる相手とかはいなかったんですか」 「ええ、幸いにも」 「ほんと幸いです」  ファーンは思い出すのを諦めたのか、話題を変えた。  テティアがダリウスから身を離しすっと背筋を正して前を向いた。 「ダリア、あなたの決め手はなんだったのかしら。2人とも……恋愛結婚になるのよね?」 「決め手……」  もちろんテティアの中にダリウスへの想いなんていくらでもある。でも今こそ、彼のクラウン・マジックと言う特技を売り込む時ではないだろうか。  それにクラウン・マジックが好きなことは嘘ではない。 「……ダリウス様はクァナリーの技を活かしたご趣味がおありで、私はそのご趣味にとても惹かれてしまって……クラウン・マジック。ご存知ですか」  かつてダリウスが両親に否定された魔法の1つ、クラウン・マジック。世間でも低俗と言われ、それなのにやって来る旅芸一座のクラウン・マジックはいつどこででも人気が高い。ただし貴族が表だって好むかどうかは限りなく絶望的であると言えるだろう。  しかし意外にもファーンは否定的にならず、「見てみたいわ」と言った。  そしてゆっくりとその眼差しをダリウスの方に向ける。  小さなブルーの瞳には明らかに何かを期待するものが含まれていた。 「……では少々失礼して」  一瞬躊躇うような間を見せたダリウスは、そう言うとローテーブルの上を劇場へと変えた。  何もない空中から何かを捕まえた仕草をする。  開いた手からは青く光る蝶が舞い飛んだ。 「まぁ……」  蝶は風に遊ばれるようにティースタンドまでやって来ると、一番上にあったイチゴのタルトにとまる。するとその色を吸い取ったかのように赤い蝶に変身した。    ファーンは使用人に手を取られ、身を乗り出すようにテーブルを眺めている。  初めて見たとでも言うようなキラキラした目を向け、蝶の舞う先を楽し気に追った。  テティアの前までやって来ると、彼女が戯れるように指先を出した。  そっとその指先に触れた蝶は、飛び立つ時に2匹に分裂した。  2匹になった赤い蝶はファーンの方へ飛んでいく。  思わず彼女の介助をするメイドがテティアのように手を差し出すと、その手にも蝶が立ち寄り、今度は4匹になった。  メイドがその様子に顔をほころばせると、「奥様」と言って手を取って蝶の方に差し出した。  4匹の蝶はファーンの骨ばった手に集まると、次は8匹に……はならず、その手の上に渦を描くように集結し、花の蕾になった。
/170ページ

最初のコメントを投稿しよう!

73人が本棚に入れています
本棚に追加