42 “息子”

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「まぁ……なんの花かしら」  メイドと顔を合わせ楽しそうに自分の手を見つめる。  そして花の蕾はゆっくりと花弁を開き、大輪の赤い花を咲かせた。 「ダリアだわ……なんて美しい、光で出来ているのね……ほんとに美しい……花弁の一枚一枚がガラスのように繊細だわ……」  かつて息子のクラウン・マジックを否定した母親が、今は夢中になってその魔法に魅入っている。  ほぅ、と溜息をつくように口を開いたまま、感嘆の言葉ばかり出て来る。    ダリアの花弁はそうやってしばらくファーンの心を楽しませた後、光の粒となって消えていった。  老女は夢でも見ていたかのように何もなくなった手を見つめている。  その視点が、奥に座るテティアへと移った。 「ダリア……わたくしの可愛い子。こんなに大きくなって。こんなに綺麗になって。素敵な夫まで見つけたのね。今日はとても素敵な日だわ」  テティアも自然と席を立つと、手を差し出すファーンの元へ行く。  カウチに寄り添い、母に甘える子のように身を寄せると、ファーンも嬉しそういその髪を撫でた。 「これで我が家も安泰だわ。だってあんな素敵な息子が出来るんですもの」 「お母様……」 「あらあら、楽しい席で何を泣いているのです。みっともないですよ。女の涙はいざと言う時の武器ですからね。不用意に使ってはなりませんよ」 「はい、お母様」  ファーンが終始笑顔を浮かべたまま、メイドの差し出すハンカチでテティアの目元を拭った。 「お母様、私感動してしまって。こうして久々にお会いしたばかりで急に婚約者を連れて来たのに、その、息子と……息子と呼んでいただけたことに」  テティアの目からまたぶわっと涙が出て来る。  ファーンは一生懸命それを拭いながら笑った。 「もちろんこれから厳しく見させていただきますよ。これでも我が家は300年近い歴史を持つ家系。貴族の末端とは言われても、伝統の深さを馬鹿にされる所以はどこにもありません。にわか貴族と言われぬようわたくしがしっかり目を光らせて頂きますからね」  どうやらダリウスは婿養子に来ることになっているらしい。  彼は自分の母親の言葉に「ご指導のほどよろしくお願いいたします」と答えた。 「ファーン様。お話に花が咲いてしまうのもよく理解しておりますが、そろそろ中で休みましょう。体調を崩されてはまたこうしてお茶の時間を取れなくなってしまいますよ」  主治医がポケットから懐中時計を出してそう言った。  起きては寝るを繰り返しているらしい生活。もしかしたらいつもより無理をして外に長居させてしまったかもしれない。 「まあ、残念だわ。でも確かにそうね。今日はとても楽しかったわ。ダリア、あなたはもうどこにも行かないのよね……?」 「お母様、私は王都にも用がございますのでまたタウンハウスに戻らねばなりません。ですがもちろん、もう遠くへ行ったりはしません。とても楽しいお茶の時間でした。またダリウス様と一緒にお招き頂けますか」 「当たり前よ。娘が何を遠慮しているの。ああ、でもこの屋敷には滞在出来ないのね。早くオフシーズンが来ないかしら。そうすればあなたたちはずっとここにいるでしょう。それに結婚式の相談も――」 「ファーン様」 「ダリア。ちゃんと結婚式のお話もさせてちょうだいね。今王都ではどんな形が流行りなのかしら。招待状はどこまで出そうかしらね……ちょっとフレッド、いらっしゃい、入用なものも考えないと……」  従僕がカウチから車椅子にファーンを乗せると、フレッドはダリウスに会釈をしてからファーンに付き添った。 「…………母上」  室内に向かうファーンを、ダリウスがそう呼び留めた。  彼は母を母と呼ばなくなって久しいはずだ。 「母上とお呼びしてもよろしいでしょうか」  車椅子をダリウスの方に向けられると、ファーンはにっこり微笑んで答えた。 「ええ、もちろん。そう呼ぶ以外に何があると言うのですか」 「……ありがとうございます、母上。どうぞお大事になさってください」  ダリウスはテティアと寄り添って母を見送る。  テティアがぎゅっとダリウスの手を握っていた。 「ダリウスさん、息子って言われました」 「ええ、形は微妙に違いますが、そう呼んでいただけました」 「それも凄く嬉しいんですけど、でもね、ダリウスさん」  テティアはまた涙声になっている。  ダリウスの身の上に起きたことを、自分のことのように共感して。 「ダリウスさんのこと、お母様凄く褒めていました。それって、ダリウスさんの積み重ねて来たものを認めてもらえたってことですよね。クラウン・マジックもあんなに喜んで。あんなに喜んで……」  テティアは握っていた手を放すと、いつものようにダリウスの腰にしがみついた。  背中では気を遣ってしまうので、腰に腕を回すのがすっかり癖になっている。  ダリウスもその背にそっと手を添え、自分の胸に抱き寄せた。
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