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「自分でも驚いたのですが……。そんなものないと思っていたのに、案外何かがあったようで。“胸のつかえ”とは言いますが、本当にそんなものがポロっと落ちた、そんな気がします」
それはダリウスが幼少の頃から抱いていた仄暗い気持ちを解決する方法としては、やや違うやり方と言えるかもしれない。
だが彼はこの時、暗い穴の奥底に溜まっていた悪い空気が、すっと清浄なもので吹き払われたような気がしたのだ。
邪霊の闇のエネルギーが溜まっている場所に精霊を呼び戻した時と似た、清々しく、心地よい空気。
そんな現象が自分の心と言う見えない部分で起こるとは。
「テティア、あなたのお陰です。あなたが姉のふりをしてくれなければ、いえ、ここに来ると言ってくれなければ、私はこの得体の知れないつかえが何なのかも分からないままずっと抱えて生きていたかもしれません」
ダリウスは「テティア」と呼ぶと、胸に顔を付けたままの彼女をそっと上向かせた。
「泣き過ぎですよ」
「だって嬉しくて」
「あなたはいつも私のために一生懸命になってくれるのですね」
「憧れで、大好きな人だから。そんな人に一生懸命にならないわけないじゃないですか」
「分かります。私もあなたにそう思いますので」
母の付き添いが終わったのか、部屋から温室へ向かってくるフレッドの姿が見えたが、ダリウスはお構いなしに胸に縋る愛しい存在に唇を寄せた。
フレッドには背を向けているテティアは彼には気づかず、そっと目を閉じダリウスの唇を待つ。
そして唇が重ねれば、喜びを再確認するように何度も口づけを交わした。
テティアが蕩けそうになったところでダリウスがやっと彼女を解放した。
「ティータイムはほとんど手付かずです。せっかくですから続きを頂きますか?」
「いいですね。あのイチゴのタルトおいしそうで気になっていたんです」
「遠慮せずに召し上がって頂いて構わなかったのですが」
「だって、ボロが出たら……」
「ではフレッド、そういうわけなので新しくお茶の用意をお願します」
テティアが「え?」という表情で振り向く。
「かしこまりました」
「ひぇっ……い、いつからいらっしゃいました?」
「ボロが出たら……の辺りでしょうか」
「本当は?」
「旦那様に仲睦まじく身を寄せるお方が出来てほっとしております」
かなり控えた言い方だが、それはつまり一部始終を見ていたと言うことだ。
「ダリウスさん、分かってましたね!」
「分かっていてもあなたが目を閉じて待っているのですからそれを無視することは出来ないのでは」
「言って下さいよ……恥ずかしい……」
フレッドは恥じ入るテティアと、幼少期を彷彿させる明るさを取り戻した主を微笑ましい気持ちで見つつ、テーブルのセッティングをし直し改めてお茶を用意した。
ダリウスは社交シーズンが終わってもクァナリーに所属するためほとんど領地には戻らない。
その上両親が病気をした後は見舞いすら足が遠のいてしまった。
ここへダリウスが数日滞在すると言うのも2年ぶりのこと。
その時は全く女性の気配などなかった。
久々にやって来た主は、将来を誓った女性を連れてきただけでなく、その表情さえ取り戻していた。
手紙では聞いていたものの、実際にこうして見ると感慨深いものがある。
ましてや、少々形は違うものの再び「親子」として会話が出来たのだ。
こんな嬉しいことはない。
テティアと言う女性も、心底主を慕っている様子。
先ほどのような熱烈な場面を目撃しようものなら、きっとメイドたちはしばらくその話で盛り上がるに違いない。
あの旦那様にも表情と愛情が存在したのだと。
古くからマイラー家に仕えるフレッドは、実はシェインとファーンの意識がしっかりある頃からダリウスがしかるべき相手を見つけ、家を存続させるよう言いつかっていた。
互いを見つめながら談笑する2人を見ると、やっと肩の荷が下りたような気がした。
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