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43 美しい魔法
翌日の昼下がり。お茶の時間に温室でチェス盤に向かい合うのは、父シェインとダリウス。
テティアはファーンの傍で共にお茶を楽しんでいた。
翌朝にはもう忘れているだろうと思ったのだが、意外なことにファーンはテティアもダリウスも忘れていなかった。
朝挨拶に向かうと「ダリア」とテティアを見て喜び、ダリウスを見て「有望な息子が来たわ」と笑った。
実はこのチェス、序盤から成立していない。
ルールは分かっているようだが、先を読む思考力が持たないのか、動かし方が支離滅裂。
どうやら“チェスをしている”という行為を楽しんでいるらしいことに気づいたダリウスは、ただ互いに王手の状態にならないよう駒を適度に逃がしていた。
それでも駒が減って来ると見た目にも分かりやすくなり、偶然父の動かした騎士がダリウスを詰みへと追いやった。
どうやら父は自分で気づいていないらしく、ダリウスが「参りました」と言うとようやく気付き、少しだけ嬉しそうな顔をした。
「ほう。そうか。なかなか。なかなか楽しかったぞ。まだ若者には負けないな私も」
「勉強になります」
お茶をしているファーンも勝敗の行方が気になったのか、テティアに結果を聞いて来る。
「どちらが勝ったのかしら?」
「シェイン様が勝利なさったようですよ」
「まあ。次は負けてはなりませんよ、ダリウス」
ファーンは息子に勝って欲しかったらしい。
「だから私も昔は強かったと言ったではないか」
シェインがそう言ってファーンを見た。今2人は互いを夫婦ではなく友人のように認識しているらしく、夫婦だった時より仲がいいらしい。皮肉なものだ。
「たまたまですよ。次はうちの婿殿が勝ちます」
ツンとした表情をしたファーンはテティアから差し出されたお茶を飲むと、また娘との会話に花を咲かせた。
「昔、こうして息子とチェスを……子供の頃は良かったが、少し大きくなると私がいつも負けてね……」
ダリウスの記憶にも同じものがある。
初めて勝ったのは12歳の時。それから負けることはなかったが、こうして向かい合うことも無くなっていった。
父は武人だった。
肉体的なことは得意でも、頭を使うのは少し苦手だったらしい。
そのため領地経営も杜撰な部分があり、当時任命していた代理人を管理する能力も甘かった。
ダリウスが本格的に魔術の才能を開花させたのは、ちょうどそんなチェスに勝ち始めた頃。
それまでは武人の自分と同じ道に進ませることを諦められず、剣の稽古をさせていた。だがどう見ても魔術への興味が強い息子を見るとついに折れ、教師を付けてからの伸びが凄まじかった。
父の手の中には騎士の駒が握られている。
今の父の中では“息子”の存在はどうなっているのだろう。
「ご子息はどうされているのですか?」
ダリウスは純粋な興味でそう聞いてみた。
テティアは和やかにファーンと話をしているようでて、身がすくみそうになるその質問に聞き耳を立ててしまった。
「息子は……寄宿舎に入り騎士を……邪霊とも戦う過酷な現場で……武勲を……。大きな邪霊とも戦い、勲章を賜って……」
願望と事実が微妙に入り混じった答えが返って来た。
母もだが、昔の事実と記憶の捏造が混同されているらしい。
偽りの記憶を辿る父の表情は、だがどこか誇らしげにも見えた。
「忙しいようでなかなか帰って来ないが、私の時より経営はうまくいっているようだ。息子に領地を継がせたのは恥ずかしながら1番状況の悪い時でね。全てを擦り付けるようにして投げ出してしまった。悪い事をしたと……本当によくやってくれていると思う。謝罪したいと何度か思ったんだが、いやあ、なかなかうまく出来ないものだな」
そう言うとシェインは苦笑した。
「私は息子のことがよく分からなかった。聞き分けはいい子でね。でも時々突拍子もないことをするんだ。怒られても泣かない、反抗もしない。だが笑ったとこも思い出せない」
父にとって自分は理解の出来ない存在だったらしい。
“両親の望むようにすればいい”と思ったことが返って裏目に出ていたようだ。
「実は私も王宮に出入りしております。何度か遠目にご子息を見かけたことがございます。彼は笑っていました」
「そうか。笑っていたのか。笑うのか。もしまた会うような機会があれば、謝罪したいと言っていたと伝えてくれないだろうか」
「彼はもう分かっているようでしたよ」
「そう……なのか? ここへ来ないのは、怒っているからではなく?」
「怒っているようではありませんでした。邪霊の出現も続きましたので、忙しいのでしょう。きっとご子息は理解した上で許されていますよ」
「そうか。そうなら、いいんだ。よかった。ずっと気になっていて……そうか」
そう言うとシェインは持っていた騎士をチェス盤に置いた。
隣にいる駒は祈祷師だった。
そろそろお休みになりましょうと主治医に促され、シェインとファーンは室内に戻って行った。
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