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「お母様」
「ああ、あなたの花嫁姿が見たかったわ。こんな綺麗なお嫁さんが来てくれて、本当によかった」
今ファーンは、娘ではなく嫁と言った。
「……母上?」
もしや今、母はダリアではなく自分の名を呼んだのだろうか。
ダリウスがカウチ前にそっと膝を着く。
「ダリウス……立派になったこと……その衣装……クァナリーの最高峰」
「ええ。ジル・スターを授与され、今日は団長就任式を終えてきたばかりです」
「そこまで……のぼりつめて……あなたのクラウン・マジック、どうして認めなかったのかしら……。あんなに素敵なのに、どうして私はあなたを」
「母上、今私が母上に出来ることはありますか」
「……結婚式が見たかったわ」
「フレッド、母の婚礼衣装がクローゼットの奥にあるはずです。急ぎ用意してください」
「かしこまりました」
「お母様、大事な花嫁衣裳、お借りしますね。準備の間、式典のダリウス様のお話を聞いてくれませんか。就任式の時――」
テティアが必死に母の意識を繋ぐ間、ダリウスは父の様子を見た。
「父上、私の声が聞こえますか」
「シェイン様はファーン様より容態が芳しくありません。まだ声は聞こえてはいるとおもうのですが……もう体が魔法も受付てくれませんので、もしかしたらこの準備も……」
ダリウスは父の手を握る。
「父上、私が歩んだ道は父上の望んだものとは別のものだったかもしれません。ですが今こうしてクァナリーの最高峰まで上り詰め、団長の任も拝命いたしました」
フレッドが婚礼衣装を見つけ、メイドを引き連れ戻って来た。
ダリウスはテティアに目で支度をするよう言うと、引き続き父へ語り掛けた。
「私が扱うのは剣ではなく魔法ですが、それでも多くの人を守って来たと言う自負があります。12の時に父上が教師を付けて下さったから今の私があるのです。父上……感謝いたします」
ダリウスが握った手は、そっと握り返された気がした。
「ダリウス様も準備を」
「今からここで結婚式を挙げます。世界でたった1人の、私にはかけがえのない女性です。どうかここでご覧ください」
そう言うと立ち上がり、1度室内に戻った。
そこではテティアが既に母の純白だった衣装を着て、式典用にアップにされている髪にヴェールを乗せていた。
「旦那様、着ることは出来たのですが、ご覧の通り劣化でレースが黄ばんでおります。それにブーケも準備出来ませんがいかがいたしましょう」
「テティア」
「はい……」
急ごしらえの花嫁が、不安げな目でダリウスを見上げた。
クラシカルなドレスはとても美しいのに、今は花嫁を愛でる時間はない。
「クラウン・マジックで誤魔化しましょう。あなたに光を纏わせます」
ダリウスがドレスの上を撫でるように手を動かすと、その手を辿って光の膜が黄ばんだドレスを包み込んだ。
真っ白になったドレスは、さらに光の粒が僅かな動きに反応して揺れる。
とても何十年とクローゼットの奥にあったとは思えない。
ヴェールにも同じことをし、さらに光で作った大輪のダリアを彼女に持たせた。
「光の精霊よ。その輝きを我に賜れ」
「光の精霊よ、我に賜りし輝きをテティアに分かちたまえ」
着つけの手伝いをしていたメイドたちから、感嘆の声が漏れた。
光のドレスを纏った花嫁は、これも光のブーケを持ち、まるで彼女こそ光の精霊のようだった。
「クァナリーの婚礼衣装は男性の場合白いローブにスカイブルーのサーコートですが、私はもうこのままでいいでしょう」
「旦那様、こちらもございました」
フレッドが見せたのは、両親の結婚指輪。
いつから2人はこれを外していたのだろうか。
その辺の記憶はもう曖昧だ。
「では急ぎ挙式を。フレッド、司祭の代わりをお願いします」
「かしこまりました」
「テティア、こんな急ごしらえの結婚式を挙げることをお許し下さい」
「許すも何も、私、ごめんなさい、なんか急に泣きそうで」
「正式な式はまた改めて挙げさせていただきますので。さあもう温室へ」
2人手を繋ぎ急いで温室へ出る。
長いトレーンをメイドが抱え、一緒に走った。
カウチに座る2人の前に並ぶと、司祭担当のフレッドの方へ向いた。
「新郎、ダリウスはいかなる時もここにいる新婦、テティアを妻として愛する事を全ての精霊に誓いますか」
「誓います」
「新婦、テティアはいかなる時もここにいる新郎、ダリウスを夫として愛する事を全ての精霊に誓いますか」
「誓います」
「それでは精霊に祝福されしリングの交換を」
ダリウスがフレッドから指輪を受け取り、テティアの左手の薬指、婚約指輪のすぐ上にはめる。
同じくテティアも指輪を受け取ると、ダリウスの左手の薬指にゆっくりとはめた。
2人ともサイズがやや合わないが、両者の指にはくすんだ金の指輪がはめられた。
「精霊に愛の証明を」
ダリウスがテティアのヴェールを上げる。
彼女は我慢できなかったのか、もう既に涙を幾筋も流していた。
「テティア。あなたは何よりも美しい。私の最愛の宝です」
テティアは言葉を返せず、涙のまま笑顔を浮かべただけだった。
そこに、そっとダリウスの唇が落とされる。
もう何度も重ねてきたキスなのに、まるで初めての時のような青い感動を伝えた。
「精霊の立ち合いのもと、ここに2人を夫婦と認める」
ダリウスとテティアがカウチの方を向いた。
主治医が父の方にいる。
彼は伏せた目のまま軽く頷いた。
父は誓いの言葉を聞いた時には旅立ってしまったようだった。
ダリウスとテティアは一瞬目を伏せた後、母の下へ行く。
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