43 美しい魔法

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「お母様」 「母上」 「きれいだわ……ひかりのせいれい、かしらね……」 「この花をお母様に」  テティアが自分の手ごと、光のダリアを握らせた。 「ダリア……やっと会えるわ。ダリウス、あなたのまほうは、とても、うつくしい……のね…」  母は口元に笑みを浮かべ、そのまま旅立った。 「ダリウス……」 「テティア」  テティアが感動の涙だったものを、悲しみの涙に変えダリウスにしがみついた。  ダリウスも静かにそれに応える。   「先週ダリウス様とテティア様にお会いした後、お2人はとても満ち足りたお顔をしてらっしゃいました」  主治医は脈に反応がないことを確かめながら話し始める。 「きっと安心なされたんでしょう。心置きなく旅立てると。長く医師をしておりますが、こんな穏やかな旅立ちにはなかなか立ち会えません。どうか精霊がシェイン様とファーン様の御霊を正しくお迎え頂きますよう」 「先生も長きに渡り診て頂きありがとうございました」  式典の時からずっと眼鏡を外したままだったダリウスには、両親を取り巻くアイニの流れが見える。  他のアイニに先だって、闇がそっと寄り添っている。  知らぬ者が見れば、あるいは少し前のダリウスさえ、それを見たら邪霊にたかられているのではと思ってしまうかもしれない。  今はそれが、悪いものではなく、もっと他の本当に危ない悪意から守ってくれているのが分かる。  こうして人は、精霊の力によって肉体と霊的な部分を切り離され、また大気へと還っていくのだ。  2日後、両親の葬儀はしめやかに行われ、歴代のマイラー家の墓地にその名を連ねた。  喪に服する間も時間は忙しく流れ、テティアはカーラと共に新設されたレストーラーの練習と研究を重ねる。  もちろんダリウスも軌道に乗るまでの間優先的にそちらで動き、地盤造りと隊員の募集に余念がない。  心配していた邪霊の新たな出現だが、未だ崇拝者がゼロではないので1度だけ未遂があった。  封印の邪霊がいなくなり、さらに闇も邪霊崇拝者の専売特許ではなくなってしまった。  だが彼らは信仰の対象を失ったわけではなく、やはり悪意を持って闇に干渉し続けた。  どうやら闇はなんでも吸収する性質から邪悪な影響を受けやすいようで、邪霊崇拝者の邪な祈りによって悪に傾きやすい傾向があることが分かった。  精霊化したことで崇拝者の干渉を多少受けにくくなったが、放っておけば邪霊に戻ることもあり得るわけだ。  今の所は、崇拝者によって悪意に傾きかけた闇の精霊を、ダリウスを始めとする一部の扱えるようになったクァナリーがまた正しい方に戻すという攻防が繰り返されている。  そんな新しい生活が始まって3か月たったある日。  忙しくレストーラーの仕事をこなす合間、屋敷で貴族のマナー講師にレッスンを受けている時だった。 「目線を下げない。もう少し胸を張って下さい。自信のなさが表れていますよ」 「は、はい……」 「まだ動きが堅いですね。あと10回繰り返してみましょう。はい1―」 「ひぃ」  年配の女性講師はなかなか手厳しい。  実は彼女は元々リディアの講師だったが、リディアと壊滅的に性格が合わず1週間で辞めることになった。テティアが学ぶことになった際、「いい先生がいるよ!」と押し付けてきたのがこの講師。  侯爵家のマナーにも対応できる講師なのだから、きっと男爵家に来たのは不服だろう。  だがどうやら上流にですら通用する淑女を作り上げようと、やたら熱を入れられているらしい。  テティアが姿勢を保つために頭に本を乗せられ、繰り返し同じ動作をさせられる。  そこに1枚の書類を持ったダリウスが現れた。 「はい、ダリウス様に成果を見て頂くー、足を引きー、顔は下げません。腰を落としてー、本は落とさなーい」  練習していたのは貴族の挨拶の基本中の基本、カーテシー。これにも美しいものとそうでないものがあるらしく、深く腰を下げようとすると曲がってしまうので、頭に本を乗せられていた。  頭からずり落ちた本を目の前でキャッチすると、後ろに引いた足を戻し溜息を吐いた。 「いかがですかダリウス様」 「困った顔もまた可愛いと思います」 「そんなことは聞いておりません。30点です、30点」 「ダリウスさん、その書類は?」 「気を抜かない今はレッスン中ですよ。ダリウス“様”」 「うぅ……ダリウス様、そちらの書類はなんでございましょう」 「では少し休憩を。テティア、そろそろ婚約者改め妻になりませんか」  ダリウスがそう言って差し出した書類は上質な紙で、“婚姻証書”とあった。 「妻っ……。でもまだ喪に服す期間です。私はとても嬉しいですけど、そうもいかないのでは?」 「ですので式は喪が明けてからとなります。あなたの花嫁姿をきちんと見たいですしね」 「私もダリウスさんの盛装見たいですよ……」 「これは書類上の話です。司祭に承認していただければそれで問題はありませんので」 「問題はないとしても、どうして急に?」 「急でもないですよ。通常婚約後挙式が許される常識的な期間は最低半年とありますので、本当は婚約から半年後に挙式をしたいと考えていました」 「あくまで最低、と言うだけで1年以上が望ましいです」  マナー講師が口を挟むがダリウスは無視する。 「ですが両親が亡くなり、延期も止む無しとなりました。式は延期としても、書類上は結婚可能です。一応配慮し3か月は空けましたが」 「それでも早いと言えますね。良いですか、本来――」  また講師が口を挟むのを無視する。 「嬉しい、ほんとに嬉しいです。いいのですか?」 「そもそも婚約者とは言え未婚の状態で同じ家にいると言う状態がですね――」 「私がそうして欲しいのです」  そう言うと難しい顔をしている講師を余所に、ダリウスがテティアの耳にそっと何かを言った。  テティアは真っ赤になり、コクっと頷くのが精いっぱいだった。
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