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44 結ばれる日
「私がそうして欲しいのです」
そう言うと難しい顔をしている講師を余所に、ダリウスがテティアの耳元でこう言った。
「あなたは日に日に美しくなります。私も、そろそろ我慢の限界なのです。この意味がわかりますか?」
テティアは真っ赤になると、コクっと頷く。
「約束は守りますが、あなたがいつその線を超えてもいいように、社会的なことを気にせずいられるようにしておきたい……そんな不純な動機ではいけませんか」
「いけなく、ないと、思います……」
ダリウスはテティアの返事に満足すると耳元から離れた。
「ではこちらにサインを。安心してください、司祭は呼んであります」
「最初からその気じゃないですか!」
「ええ、あなたは断らないと思ったので。ああ、ちょうどいいので先生に証人になって頂きましょう」
「何がちょうどいいですか。そんな貴族の風上にも置けないような振舞、マナー講師としてサインするわけには――」
随分頭の固い講師がそう言っている間にも、2人はさっさとお互いのサインを書いてしまう。
証人の欄にアルフがサインをしたのを見て、なんとなく惜しい気になってしまったのだが。
タウンハウスのホールで、2人は使用人と講師に見守られ、ひっそりと誓いを立てた。
「これは本物ですよね」
「ええ、本物です。3か月前とは違います」
「私、ついにダリウスさんの奥さんになっちゃったんですね」
「はい。あなたは私の妻、そして私はあなたの夫です」
テティアとダリウスの指には金の指輪が光る。
これはダリウスの両親の形見を作り直したもので、見た目はシンプルなアンティーク調。
ただしよく見ると指輪は途中でねじれ、魔術的に循環の意味を司るメビウスの輪を描いている。内側の刻印には、お互いを守る魔術文字が刻まれていた。
なんとも魔術師らしい指輪だ。
「嬉しい……うれしい……私、ダリウスさんにクァナリーになる夢も物凄く近い形で叶えてもらえて、そんなクァナリーに憧れるきっかけになったあなたの妻になれたなんて……」
「夢は叶えていません。あなたに出来る見込みがなければ流石に入隊許可は出せません。叶ったとしたらそれはあなたの努力のたまものです」
「それだってダリウスさんがレストーラーを復活させなかったら無理だったじゃないですか。それに、私が本格的に力を使えるようになったのは共有あってこそだし」
「では精霊が私たちを運命的に引き合わせたという事にしておきましょう。その方がロマンがあると思いませんか」
「思います……ふふっ、ダリウス、愛してる」
使用人が立ち去る気配を感じると、2人はお互い唇を寄せ合い新しい関係が始まったことに幸せを感じずにはいられなかった。
その夜。
テティアは“奥様付き”が決定したアリヤに髪を梳かれながら、何度も指輪を見てはニヤニヤしていた。
鏡越しのアリヤもニヤニヤしたくなるところだが、ここはぐっと押さえる。
今ここで「とうとう旦那様に頂かれるんですね!」という空気を出せば、途端に怖じ気づく気がしたからだ。
あれこれ考えてしまう質のテティアには、きっといきなりダリウスのベッドに裸で放り込むくらいがちょうどいい。
「奥様」
「ひゃぁ! そ、そうよね。奥様なのよね」
「ずーっと顔がニヤけてますよ」
「だって、だってずーっと憧れだった人だよ? そんな人と結婚してみなよ。なんかもう、ずーっと夢をみてるみたいにふわふわするんだけど」
「多くの人はそんなずーっと憧れてる人なんかと結婚できませんよ。奥様、本当に幸せ者ですね」
「ダリウスも同じくらい幸せを感じてくれているかな……」
「うーん、それはどうでしょう」
「え……?」
「旦那様の方が、100倍くらい幸せを噛み絞めているかもしれませんよ?」
「なんだそっちかあ。びっくりした。でもそうだといいな」
「じゃあ今から確認に行きましょう。どうせ今日も薬を塗りに行くんですよね?」
「うん……うん、行くよ。はぁ。うん、行く」
テティアは何か決心しているのか、どこかぎこちない返事をするといそいそとダリウスの部屋へと向かった。
「奥様、頑張って下さい。そろそろ旦那様も限界ですよっ」
ダリウスの部屋までやって来ると、少し深呼吸をしてからいつものようにノックをする。
隣の扉は妻の部屋。明日からはそこがテティアの部屋となり、ダリウスのいる主寝室へは部屋の中で繋がった扉から行くことになる。
いつもは中から「どうぞ」とかかる声も、今日はダリウス自らが扉を開け招き入れてくれた。
昨日までずっと同じことを繰り返してきたはずなのに、たった1枚の書類を書いただけで何かが劇的に変わってしまった。
テティアだけが緊張しているせいかもしれないが、ダリウスが当たり前のようにシャツを脱いで背中を向けるので、テティアも出来るだけ平静を装い薬を手に取った。
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