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「闇の精霊は我々の声も聞いています。やつらから奪い返してやりなさい。かつての消滅ではありません。還元するのです」
この頃になるとクァナリーの邪霊に対する戦い方はかつてのそれとは違っていた。
もとは同じ闇。違うのはその性質。
崇拝者によって悪意に染まった闇のエネルギーを、クァナリーの祈りで正しい方向へ戻す。そして大気に戻してやれば、邪霊から闇の精霊となり実体化した体も消える。
消滅の方がやり方は簡単だったが、この方が精霊に寄り添うクァナリーらしいという事で、危機が迫っていない限りこの方法で戦う方針に変えられたのだ。
召喚に苦戦したのか小型邪霊は以前のような活発さはなく、動きは鈍い。
まき散らす毒霧のようなエネルギーで大地が穢されていくも、戦い事態は苦戦を強いることはなかった。
順調に1体ずつ還元され、1時間後には5体目も還元された。
崇拝者の行方は騎士団が追い、クァナリーはランド・レストーラーと交代し土壌回復が試みられる。
まだレスト―ラーとしては昔の記録ほどの活躍は出来ていないが、あれから5人に増えたレストーラーズ。
カーラの次に主軸となってそこに立つのは、もうすぐ出産を控えたテティアだ。
「あなたは無理をしなくても良いのですが」
「まだ十月十日は先ですし、大丈夫ですよ」
テティアは近頃時々重い痛みを感じることはあったが、「5人でも足りないくらいだし、私は戦うわけでもないので」と言うと戦地について来てしまったのだ。
大分お腹も大きいとは言え、世間で言われている日付はまだ先だ。
だから、この時ふと感じた痛みもいつもと同じ。そう思っていた。
レストーラーが浄化しやすいように、余力のあるクァナリーも補助的に祈りを捧げる。
そんな中、魔法にかなり手慣れてきたテティアが浄化して歩く様は、ダリウスの目にはとても美しく映った。
彼女が散々ダリウスのことを「憧れる」と言っていたのが、今は少し分かる。ダリウスもレストーラーとして頭角を現し始めた彼女の神聖な祈りには、憧れに近い思いを抱かせた。
ダリウスはレストーラーの祈りにはあえて参加しない。
彼が加わってしまうとレストーラーの成長を妨げてしまうことになる。
今や防御回路が焼き切れたなど誰も信じられないような活躍をする彼の魔法は、後継者育成のために控えることもあった。
「今日はこのくらいにしましょう。引き揚げます」
まだ一気に広大な面積を浄化できるわけではないレストーラーの残りの魔力を見極めるのもダリウスの仕事の一環。
続きは明日ということで、町に帰還しようとした時だった。
「……っ」
「テティア?」
戻って来た愛妻の様子がおかしい。
腹に手をやり、動きが固まっている。
“張る”と言ってお腹を押さえることもあったが、それとも様子が違う。
「うんっ……」
「テティア、まさか」
「ん……ダリウスさん、ごめん、なんかいつもと違う」
「いつから違和感があったのですか」
「4体目が浄化される頃……んうぅっ……どうしよう、こ、ここで!?」
「リディアみたいなことを言わないで下さい」
馬鹿な事を言っている場合ではない。
ダリウスは自分の子なだけあって流石にリディアの時のように落ち着いていられなかった。
とにかく、とにかく妻を安心して産める場所へ移動してやらなければ。
陣痛の間隔が狭くなっては本当にリディアのように「ここで産む!」となりかねない。
あの時は城が近かったからいいものの、ここでは……
「ダリウス様。私のカントリーハウスでよろしければすぐ部屋と産婆を手配致します」
そう申し出たのは領主のベネス。
彼は爵位で言えば伯爵なのでダリウスより本来の地位は高い。
だが彼に即答したのはテティア。
「嫌」
「こんな時に何を言っているのですか」
「むーっ……」
「お願いします。テティアも知らない町へ行くよりはずっと安心できませんか」
「んんっーーっ…………はぁ。……分かりました」
カーラに後を頼み、テティアを抱えたダリウスと、ベネスが移動魔法で屋敷を目指す。
突然の主の帰還、そして産まれそうな妊婦と身分は下の上司が現れた屋敷は騒然としたが、そこはベネスの妻が取り仕切りテティアは無事整えられた部屋に通されその時を待った。
本来はタウンハウスにいるはずの妻だが、今下の子供2人を連れたまたま領地に戻っていたらしい。
すぐに手配された医者と産婆が到着する頃には、陣痛の間隔も狭くなり何も出来ないダリウスはただテティアの手を握り精霊に祈るだけだった。
「無力です」
「何を言ってるんですか。私いつもダリウスさんに沢山助けられているんです。お産くらい任せて下さい」
「テティア。愛しています。母子ともに無事産まれてくることを切に願います」
「うん。頑張りますね。うっーー…………はぁ、ふう、ふう……ダリウス、大丈夫だよって、キスして」
「テティア、あなたなら大丈夫です。今までいくつも困難を超えて来ました。今だって必ず乗り越えられます」
ベッドに横たわる愛妻にキスをし、押さえた腹にもキスを落とした。
その後すぐ部屋を出されたダリウスは、ただウロウロと無意味に部屋の前を歩いていた。
精霊に祈りを捧げながら待つしか出来ない。
扉の向こうからは、テティアの苦し気な声が時折聞こえた。
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