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「ダリウス様」
「今はクァナリーは関係ありません。ベネス閣下のご温情に感謝致します」
「この勲章のシステムは少々難儀な関係を生み出しますな」
「おっしゃる通りです……」
ダリウスは扉の方を見て気が気じゃない様子だった。
ベネスがそれを見て笑った。
「あなたもそうやって動揺するのですね」
「当たり前です。いくら名を馳せようともお産に関して私は無力です。こうして精霊に祈ることしか出来ない……テティアに何かあったらと思うとぞっとします」
「身に覚えがあります。もう15年も前の話ですが」
そっれきり黙って扉を見る。
少しして「こんな時に、ですが」とベネスが言った。
「今更なのですが未だに言えていませんでしたので、この機をお借りして。封印の邪霊戦の時、一瞬あなたがいなければ、と愚かな思いに囚われました。それが致命的な結果に繋がることを十分理解した上で。本来なら私は2度、いやそれ以上勲章を剥奪されていてもおかしくない。本当に申し訳ございませんでした」
「……本当に今更ですね。あの時私はテティアがいなければ命を落としていたでしょう。そして今テティアはあなたがいなければ危険だったかもしれない。これで精算ということでいかがでしょう」
「こちらこそ、このご温情に感謝致します」
それからまた沈黙が下りる。
ダリウスはいつの間にかまたウロウロしていた。
「お2人とも情けない。椅子に座ってどんと構えてらっしゃい」
そう言って現れたのはベネスの妻。2男1女の母だ。
テティアの身の回りを整えてくれたのは他でもない彼女。
3人の出産経験を経た夫人は頼もしかった。
「やはり時間がかかりますね。リディアの時は部屋に入ってすぐだったと言うのに」
「何をおっしゃいます。あのお方は例外です。初産ならばこれから一晩かかったっておかしくないのですから」
ダリウスが青ざめ、扉を見る。
「だからどんと構えてらっしゃいと言ったのです。まだ部屋に入って3時間程度ですよ。この程度で生まれてきたら早い――」
ホァアア
ホァアア
「あら、生まれたじゃない!」
ダリウスとベネスが思わず肩を抱き合う。
ダリウスはまだ呼ばれてもいないのに「テティア!」と叫ぶと部屋に入ってしまった。
「テティア!」
中にいたメイドと産婆が振り向く。皆同時にしかめ面をするがお構いなしにテティアに駆け寄った。
「赤子は」
「今産湯を……ダリウスさん、私頑張りました」
「ええ、本当に。本当によく頑張ってくれました。精霊に、そしてあなたに感謝を」
そう言って汗の滲むテティアの顔中にキスを降らせる。
テティアがくすぐったがっていると、真っ白な産着に身を包んだ赤子がメイドの手からテティアに渡された。この産着はベネス夫人が3人目の子を産んだ時に用意したものだが、未使用のまましまい込まれていたものを発掘して来てくれたらしい。
「女の子ですよ。目が旦那様にそっくりですね」
「ふふ、やっぱり女の子だ」
「やっぱり?」
「だって、ダリウスさん、町に行った時親子連れを見かけると女児を目で追うことが多くて。ああ、もしかしたら女の子なのかなって。これで関係なかったら私の旦那様は変態ですよ」
「それは自分でも気づきませんでした」
「目がダリウスさんにそっくりだって……ふふ、寝てるから分かんない。嬉しい……私たちの赤ちゃんです」
そう言ってテティアがダリウスに赤子を差し出した。
案外危なげなく抱いたダリウスは、愛おしそうにその額にキスをした。
「唇はテティア似ですね。可愛い子になること間違いなしです。……テティア。お疲れ様です」
「ありがとう……ねえ、名前なんですけど」
「何か考えていたものでもあるのですか?」
「はい……女の子かなって思ったら、これ以外考えられなくて」
テティアはダリウスから戻って来た赤子の頭をそっと撫でると、「ダリア」と言った。
「ダリアです。ダリウスさんのお姉さんで、私が一瞬だけそう呼んでもらった」
ダリウスが一瞬驚いた表情を浮かべた後、目元を和らげた。
「あなたが良いのなら。母も喜ぶでしょう。もちろん私も。私にとってその名はあなたの優しさが付随します。優雅で美しく優しい女性。素晴らしいではないですか」
「ダリア。よく産まれて来たね、ダリア。愛しいダリア。あなたに精霊のご加護がありますように」
ダリウスが真っ赤なダリアの花をクラウン・マジックで出すと、生まれたばかりのダリアの胸に置いた。
彼女の人生が、この花のように優雅で希望溢れるものになるように。
まっすぐ天に向かって育つこの花のように、すくすくと元気に成長しますようにと、願いを込めて。
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