46 幸福は精霊のちみびき??

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「おとうさま、わたしにまかせて。すぐなおるよ」  そう言うとダリアはすぐに祝詞を始めてしまった。 「水の精霊(クァナ)、ミーニャよ。いのちのめざめをみちびき安らぎでみたすものよ。われにそのじあいの心をあたえたまえ。かのものをおんみの力でみたし、きずをいやしたまえ…………ほらね!」  ダリスウが、テティアが、そしてリディアも驚愕の眼差しでダリウスの指先を見た。  この小さなクァナリーが治せたことも賞賛に値するが、大事なのはそこではない。  ダリウスの体が回復を受け付けたという事だ。 「どういうこと……?」 「だからわたしがなおしたの!」 「え、ええ、そうね。ダリアはずいぶん水の精霊(ミーニャ)と仲良しなのね」  テティアが慌てて娘を褒める。彼女はダリウスに似た目を細めてにっこり笑っていた。 「疑似回路が、疑似ではなくなった……ということでしょうか」 「自分では分からなかったの?」  テティアがダリアを褒める傍らで、リディアがそう尋ねる。 「全く気付きませんでした。このところ回復しないといけないことも何か危険な攻撃を喰らう事も無かったので。いつからこうなっていたのかは不明ですが、だとすると攻撃回路から無理矢理作った新回路が、精霊に認められ本物の防御回路として機能するようになったと言う事でしょうか」 「ねえねえ! きしだん、行く!」 「ぼくも!」 「え? ああ、そうね。さあいらっしゃい。今日の騎士団長もかっこいいんだから」 「おとうさまもかっこいいよ!」 「ま、まあそうね。そういうことにしておくわ」  リディアがガーネとダリアを連れて退室すると、騒がしさが急に無くなり部屋は2人を残して静まり返った。 「ダリウスさん……」 「テティア。これであなたの憂いが1つ減りました」 「なんで私だけなんですか。ダリウスさんのことなのに」 「私はそれほど憂いてはいませんので」 「良かった……でも本当? 本当に治った?」 「分かりやすいのは、やはりこうすることでは」  言うなりダリウスはデスクの上にあったペーパーナイフの先で手のひらを傷つけた。鋭利なナイフではないがそれでも先端は尖っていて手のひらに赤い線が浮かぶ。  テティアがそこに水の癒しを与えた。  傷は塞がり、滲み出た血の痕以外には何も残っていない。 「回路を共有しなくても出来てる……」 「どうやら本当に真に防御回路として機能しているようです」 「良かった……本当に良かった……良かったぁああ」  テティアがぎゅっとダリウスの腰に抱き着く。  スカイブルーのローブは、豊穣のイエローのローブを腕に閉じ込めた。 「あなたのお陰です。あなたが私の疑似回路を拡げてくれたから、こうして元に戻る礎となったのです」 「もうダリウスさんが私のいない所に遠征に出ても心配しなくていいんですね」 「ええ。元の私でしたら、今の邪霊の攻撃などそよ風です」 「もし怪我をしても、私がいなくても誰かが助けることが出来るんですね」 「あなたに癒して頂くのが1番心地良いですけどね」 「そんなのお家でいくらでもしますよ。良かった……安心した……」 「ただ、もう共有の儀式が出来なくなるのは残念です」 「儀式がなくたって、キスはいっぱいしましょう?」 「今しても?」 「はい……」  2人が唇を寄せる。  膨らみ始めたテティアのお腹を愛おしそうに撫でながら、ここがクァナリーズの本部であるのも忘れてすぐに深いものへと変わった。   コンコンコン 「団長、先日の試験の結果がーー……あー……」 「取り込み中です」 「ちょ、ダリウスさん、仕事……」 「物事には優先順位がありますので」 「だとしたら仕事……んんっ……ぁ……」 「……失礼いたしました!」 「これでしばらく人は来ません。もう少しお付き合いください」 「うん……ダリウス……」 「テティア……」  午後の柔らかな日差しが差し込む窓辺で、2つの影が何度も寄り添う。    9歳の自分に会うことが出来たとして、この未来を話したら信じてもらえるだろうか。  あの時助けてくれた憧れで初恋のお兄さんと再会し、恋人になり、結婚し、子供にも恵まれていることを。  その上限りなく夢に近い仕事を、その愛する夫と肩を並べてすることになるなど。  回路の共有なんかしなくたって、合わせた唇からはいくらでもダリウスの愛情が伝わってくる。  この人とこの先もずっと一緒にいて、ずっと幸せのままいたい。  テティアは強く願い想い続けたものはいずれ叶うことを知っている。  この想いも、間違いなく最後のその瞬間まで続く。    なんの根拠もないがテティアには、そしてダリウスにも、まるで精霊が導いてくれているかのようにその確信がお互いの心の中にある。  そしてそれが実際に願った通りだったと知るのは、もっとずっと何十年も先のこととなったのだった。 終わり
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