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「おはよう諸君」
昼近くになって現れた、そんな図書監視員の姿を見てテティアは心の中で溜息をついた。
館長以外は魔法を使えなくていい司書だが、この監視員は違う。
テティア憧れのクァナリーズから派遣される本物のクァナリーで、全館の魔術書の監視を行うのが仕事。
司書業務に手を出すことはないが、地下のグリモワールや禁書、封印書の何かを確認して回っている。
まあそれほど業務は多くないらしく、彼はこうして遅くやって来ては仕事の不満を振りまいたり、テティアら司書を馬鹿にしたりするのに忙しくなる。
王宮の精霊術師ならば通常は邪霊と戦うプロなので、日夜そのために鍛錬を積むのが主たる業務とでも言うべきなのだろうが、彼はそうではない。
平たく言うと、図書監視員はクァナリーの左遷場所なのだ。
せっかく素質があるのにもったいないと思う。
それは彼女がどれだけ頑張っても手に入らないものだったから。
ここで不満を垂れている暇があるのなら、また戻れるように訓練でもすればいいのにと思ってしまう。
今日は嫌味を言われませんようにと思いつつ、テティアは溜った返却図書を本棚に戻すために立ち上がった。
「君さ、それ意味わかってやってる?」
一瞬びくっとなったテティアだったが、どうやらターゲットは彼女ではなくもう1人の司書、タチアナの方だったようだ。
彼女には気の毒だが、ここで庇うと悪化するのが常なので、お互い見て見ぬふりをするというのが暗黙のルール。
しばらく言いたいように言わせとけばやがて終わるので、心を無にして聞き流すのが1番手っ取り早いのだ。
心の中でタチアナに「頑張れ」と言いつつ、テティアは返却図書のワゴンを押して目的の本棚へと向かった。
あとでお菓子でも差し入れしてあげよう。
これ以上人に辞められたら、自分の休みがなくなってしまう。
しかし結局、半年後に残っていた司書はテティアのみとなってしまった。
館長が「ごめんねぇ」と言いながら業務を一緒にこなしてくれるが、館長と言うのは監視員より立場が低いらしい。
と言うか運も悪く件の監視員が爵位持ちの貴族だったため、その辺の事情もあって強く出られないのだろう。
せっかくの国家資格。だけど何かしら国家資格があれば他の仕事に就くにしても信頼を得やすいので、嫌な思いに耐え続けてまでいる仕事でもないのかもしれない。
だがテティアは国家魔術師の端くれであることに拘りたいので、他に移る気はなかった。
「募集はしてないんですか?」
「そりゃあしてるし資格のある人にも声かけてるんだけどね。まあそう簡単に来てくれる人はいないみたいだよ。アレの噂が広がっちゃってるのかもね」
アレ、と言って館長が目の動きで示したのは監視員のデスクでそっくり返っている問題児。監視員はころころ変わるが、テティアが勤めてから1番の難物。
来週は月に1度の蔵書整理の日だ。
館長と2人で、朝から晩までかけてやっても終わらないかもしれない。
テティアは予定表を閉じると、疲れた目を労わりたくて瞼も閉じた。
眠いな、なんて思っていると、案の定監視員のアンセルが絡みに来た。
やりかけの作業で埋まったデスクをぼんやり見つつ、この紙くずみたいにアンセルもゴミ箱に入れたいな、などと思ってしまった。
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