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2 新しい左遷……もとい派遣図書監視員
「はぁ、異動、ですか」
「そう、異動。あと半年早ければよかった」
「本当に……。でもよかったです」
「次がいいとは限らないよ……」
「そうですね……」
翌朝出勤してきたテティアは、通達を手にした館長から突然の異動を聞いた。
なんでもアンセルがクァナリーズに戻り、別の人物が左遷――ではなく派遣されてくることになったらしい。
「なんでもいいですけど、まともな人…せめて業務の邪魔をしない人がいいな」
「ほんとだね……」
この日アンセルは出勤したかと思うと、今まで見た事も無いような上機嫌さで荷物を纏め、すぐに出て行ってしまった。
翌日。その日は朝からバタバタとしていた。
いや、ここしばらくずっと朝からバタバタしているのだが、出勤してすぐ館内の警備を見守る巨大な水晶が異常を知らせていたのだ。
各本棚には魔法の水晶の一種、精霊石が付けられており、何かしら魔術的な異常が発生すると受付後方にある巨大水晶に反映されるようになっている。
その水晶が書架D―10で異常発生を伝えていた。書架Dと言えば閲覧制限のある本棚だ。
円形の図書館の真ん中にある受付から、後方の隔離された部分が閲覧制限の部屋。
普段テティアが1人で入ることは許されない部屋だが、2人体制の今館長は午後から出て来ることが多い。
テティアはマニュアルにのっとり、保守用の道具が保管された部屋に走ると、鍵束の中から目的の鍵を取り出し扉を開けた。
「D…D…どれだ…これだ!」
棚から取り出したのは、1本の杖。
書架ごとに杖が決まっており、杖には予めいくつか魔法が封じ込められている。
テティアのように自分で使えなくても、魔術師と同じ手順を踏むだけで発動できる。
緊急事態にはその杖を持って向かい、状況に即した魔法を使うことになっていた。
「もーう、館長もいないのにー」
杖を手に急いで戻った彼女は、閲覧制限部屋前まで来るとドア横の水晶に手を置いた。
「テティア・マーニシュ。緊急事態につき館長許可無く1人で入室」
犯罪、事故2つの側面で何かあった時用の記録を水晶に取ると、また鍵束の中から鍵を探し開錠した。
少しばかり緊張しつつ、ドアをそっと開ける。
足元を冷気が通り過ぎた以外、隙間から見た限りでは何か変化があるようには見えない。
杖を前にびくびくとしつつ、ゆっくりと中に入った。
扉はマニュアル上では閉めることになっている。
「怖いな…」
彼女が扉から手を離すと、それは自動で締まりガチャリと鍵の音がした。
「何…何が警報鳴らしたの……」
問題の書架はD―10。恐る恐る該当の書棚を覗くも、見た目に何かあるような気はしない。
書架の列に入り、1段ずつ見ていく。
「ここは…魔法生物の本か。抜けてる本は……ないな…ほんとなんなのよ……」
何も異常があるように見えず、念のため他の書架も確認したがやはり異常はなかった。
目を離した時に彼女が確認した棚の一部で何かが動いたが、それには気づけなかった。
「大水晶の異常とは思えないもんなあ……」
それ以上彼女に出来ることはなく、D―10の書架に再び戻ると杖を書架の水晶に当てた。
「異常無し」
特に魔法を使うようなことはなく、ただ杖によって異常のないことを書架の水晶に伝えると、彼女は部屋を後にした。
そしてその時初めて気づいた。
異常は起きていたのだ。
目の前に信じられない光景が広がっていた。
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