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「ひぃい! やってしまった!」
扉を開けた時のあの冷気。
あの冷気は部屋の中の空気ではなく、この生き物だったのかもしれない。
目の前で一般魔術書の本をひっくり返して遊んでいるのは、ティースプーン程度の大きさのいたずらっ子。
魔法生物の本から抜け出してテティアを欺いたのは、ざっと10匹くらいの超小型妖精だった。
こんな時、こんな時はどうするんだっけ!?
一瞬頭が真っ白になった時、受付にある大時計が開館時間を告げた。
当然開館準備など何も出来ていない。
だがそれより。
時計の音に驚いた妖精は一斉に飛び散り、どこかの隙間に隠れてしまった。
「こんな時は…そう、虫取り網!!」
Dの杖には魔法生物を捕まえる呪文も入っているが、いくら発動できるからと言って魔法の使えない彼女が10匹分も出来るわけがない。
彼女は道具部屋に走ると虫取り網を両手に1本ずつ持ち、すぐさま一般魔術書の棚に引き返した。
これは以前からあるもので、同じように脱走した魔法生物や、ただ単に館内に紛れ込んだ蛾に使ったこともある。
「どこ…隙間に入ったはず……」
「キキッ」
「そこっ!! あーっ! もう速い!」
後ろで何かの気配があった。
今度こそ捕まえる。
「そこかーっ!」
「何をなさっているのですか」
「ひぃ!! 誰っ!?」
テティアが思い切り振りかぶった網は、後ろにいた眼鏡の男性の頭を見事に捉えた。
初対面でいきなりそんなことをされたと言うのに、彼は眉一つ動かす様子もない。
「誰、ではありません。今日から監視員として配属されたダリウス・マイラーです。連絡は行っているはずですが」
「ああ、そうだった! 初めまして私テティアですごめんなさい今妖精が逃げ出して!」
「まず網をどけていただけないでしょうか」
「ご、ごめんなさい…あーっ! 後ろっ!」
ダリウスの頭に被せた網をまた振りかぶると、手を振って彼女を挑発している妖精に思い切り網を振り下ろした。
「あーもう逃げられた! マイラーさん、いきなり申し訳ないですが手伝っていただけませんか!?」
「これは本の中の妖精ですよね?」
「そうです! 多分10匹くらい!」
彼は「それならば」と言うと冷静に辺りを伺った。
本棚の上に小ばかにするように「キシシ」と笑う妖精がいる。
「あそこにいますよ」
「え、あ、ほんと! とりゃーっ! 逃げたーっ!」
「いえ、捕まえました」
「素手ぇっ!?」
「このタイプの妖精は単純に風の影響受けやすいですからね。少し乱してやると飛べないんですよ」
彼はテティアが取り逃がすのを見込んで魔法を使ったのか、逃げようと飛んだとこで気流を乱された妖精をそのまま素手で捕まえてしまったらしい。
彼の手の中で「キーキー」と悔しがり、指に噛みついている。
「それ、痛くないんですか」
「猫よりは痛くないですよ。小さいので。さあプランキー・フェイク。本の場所を教えないとお家へ帰れなくなりますよ」
「キッ」
「もしくはこのまま潰しましょうか」
「キーッ! キキッ」
プランキー・フェイクと呼ばれたダリウスの手から顔だけ出ている妖精は、そう言われるとじたばたするのをやめた。
ダリウスが足だけ掴み直せば、枝みたいな手で図書館の出入り口の方を指差した。
「ああ、なかなか頭がいいですね」
「どういうことです?」
「これは本の中に作られた偽物の生き物ですからね。本物と同じような動きをしておきながら、本の魔力からは離れられないんですよ。なのできっと本ごと引っ越しでもしようとしたのでしょう」
出入口の方に向かいながら彼はそう言い、重い専門書をひきずるいたずら妖精3匹から本を取り上げた。
「本の精霊、カハナに生かされし者よ。お前の命がどこにあるのか思い出すが良い。お前の安らぎは本の中にこそあり契約を違えることは許されない」
ダリウスがそう唱えると、散った妖精は四方から現れ本に集まった。
それぞれ好みのページがあるらしく、自分で開くとひょいっと収まって行く。
9匹集まったところで終わりなのかな? と思ったら、ダリウスが「燃やしますよ」と言った。すぐにあと1匹現れ、同じように本の中に戻って行った。
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