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「出来なくても好きだし知りたいんですよ。変ですかね?」
「変か変でないかで言えば変ですね。生活の中で役立つことならいざ知らず、扱えない技術を覚えようとする人はまずいませんから。ですが私はそういうのは嫌いではありません。知的好奇心を追求する姿勢は好ましいのではないでしょうか」
「なんか理屈っぽい言い方ですね」
「よく言われます」
「意味はないかもしれないけど、でもずっと好きで追っかけて来たものなんです。せっかく職場が知識の宝庫なんだし、知りたいって思います」
彼は少し表情を崩すと、「分かりますよ」と言った。
「魔術師には知的好奇心を追求する人が多いものです。私も端くれですのでその気持ちは分かります。その文字を学ぶには、まず中級までの応用知識が必須ですよ。雑な説明をすると、あの1文字に見える部分がそれぞれ魔法陣のようなものですから」
「ほーー…??」
「1文字の中に色々凝縮されているのです。例えばこのそれぞれの精霊の名。これは厳密には名前ではなく祝詞です」
魔術師が魔法を使える仕組みは、世に満ち溢れるクァナと呼ばれる精霊に祈りを捧げ、魔法の根源、アイニを授かることで使用可能となる。
クァナは属性などで分かれており、多数存在する。
先ほどの裏地の呪文では、テティアが1文字と思っていた中にそれぞれに捧げる祝詞が刻まれているのだ。
「この文字の中に…文字としては複雑だけど、これで祝詞が完成している??」
「そう言う事です」
「べ、勉強します」
「ええ、頑張って下さい。ですがその前に、私に司書業務の一部を教えていただけますか」
「そうでした!」
彼女はいそいそとローブを着ると「では館長が来てからにしましょう」と言った。
「館長が午後に来るんですよ。私はそこで1度お昼休憩をするんで、その後からでいいですか?」
「ええ、お願いします」
「はぁ、いい人が来てよかった……」
思わずこぼした本音に、ダリウスが苦笑する。
「蓋を開けたらとんでもない人かもしれませんよ? 飛ばされるような人間ですからね」
「でも今まで司書業務を手伝ってくれる監視員なんていませんでした。今なら多少難ありでも大歓迎です」
「それは私がいない所で言って頂けますか」
「そうですよね。今のは聞かなかったことに! ではこれからよろしくお願いします、マイラーさん」
「ええ、よろしく」
テティアが右手を出すので、ダリウスもその手を軽く握った。彼女はそこに左手も添えると、ぶんぶんと振って嬉しそうに笑った。
訳アリの左遷もそれほど悪くない。
ダリウスはそう思ったが、テティアほど明確に本音を出すわけではない彼は、眼鏡の奥の目を細めるに留めただけだった。
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