3 蔵書点検と彼女の移り香

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3 蔵書点検と彼女の移り香

「さあ今日は楽しい楽しい蔵書点検日ですよ」 「その割に目が死んでいますね」 「ええ……まさかの館長お休みなんで……死亡確定です」  この日は2日間ある蔵書点検日のうちの1日目。  本来館長と2人でも終わるものではないというのに、よりによってこんな日に館長は連日の激務で風邪を引いてしまったらしい。  昨日やたら寒がっていたし、年齢もそこそこ上なので、疲れがたまってしまったのだろう。 「監視員に手伝わせて申し訳ないです……」 「構いませんよ。では昨日聞いた通りに進めていけばいいですね?」 「はい。お願いします。多分頑張ればお昼までには書架Aの点検は出来ると思うので」  書架AからCは一般魔術書の棚で、Aが初級、Bが中級、Cが上級で分かれている。  通常3つを同時点検し、不良の本を見つけ必要な手入れをする。  それを5人程度の司書全員で行い、初日は終了となる。  翌日の点検は監視員の付き添いが必要なエリアで、それらは少し複雑な別の手入れが必要となる。  今日は2人しかいないので、まず書架Aだけ点検して不良本を抜き取り、終わり次第B、Cと進むつもりだった。  多分この日は夜までかけて書架Cに手が届くかどうか、と言うあたりだろう。 「いつもはどうやって不良本を探すのです?」 「この各書架用の杖と本棚にある精霊石で管理してるんです。異常がある本は本棚から少しずれてくれます。仕組みはわかりませんけど」 「そんなに時間がかかりそうにも思えませんが」 「本棚1つずつに精霊石があるのと、私たち司書はそれほど魔力が多いわけじゃないので途中で息切れしちゃうんですよ。だから別の作業を挟みつつ、休憩しつつ、ってやっていると、そこそこ時間かかるんです」 「ちょっと杖を見てもよろしいですか?」 「いいですけど…?」  杖は30センチほどのよくある木製。恐らく樫の木。生活の中で繰り返し使う魔法や魔法が使えない人間でも発動できるようにするためにある魔法道具の一種。  そのため魔術師が使うことはない。    ダリウスは触ることで何か分かるのか、指先でゆっくりと先端まで撫でたあと「ふむ」と言って祝詞を唱え始めた。 「本の精霊(クァナ)、カハナよ。英知を授け、無限の記憶を留め過去と未来を知るものよ。杖に込められし約束を今一度我に示したまえ」  そう唱え軽く杖を振ると、杖の中に収まっていた呪文が、リボンが解けるように宙に連なり文字を並べた。 「クァナリーだ……」  何かに呪文を込める瞬間は見た事があったが、その逆は初めてだった。  中に込められたものをこうして視覚化できるなんて知らなかった。  青いリボンのようなあの魔術用の文字は、空中で揺らめくように浮いている。  ダリウスは「なるほど」と言った後「カハナに感謝を」と締めくくり、青いリボンはすっと溶けるように消えた。 「では今日は私が不良本を見つけましょう」 「はぁ……」  目の前で唐突に始まった未知の魔法に間抜けな返事しか出ない。  ダリウスは構わず一般魔術書の書架が見渡せる場所に来ると、手をかざし祝詞と杖から読み取ったらしい呪文を唱えた。 「英知を授けし本の精霊(クァナ)、カハナよ。無限の記憶を留め過去をと未来を知るものよ。我もまた知を保護するもの也。傷つきし汝の子らの声を聞き、我の前に示したまえ」  本棚にある全ての精霊石が杖をかざした時と同じ反応で光る。  少しすると本棚に綺麗に収まっていた本が1冊、また1冊と自己主張するように手前に出て来た。 「ほぉおお……!」  図書館の大部分を占めるこの一般魔術書。  この不良本を探すだけでも今日は手間だなと思っていたのに、それがほとんど一瞬で終わってしまった。 「クァナリー……恐るべし……」  本当に恐ろしいのはこれからする修繕や保全作業なのだが、魔法が使えない彼女にしてみれば館長抜きで1人でやらねばと思っていたこの作業。それがいとも簡単に終わってしまい驚愕と同時に安堵した。 「こんな簡単に…簡単? あの、これってクァナリーには普通ですか?」 「普通ですね。さあ始めましょうか」 「はい!」  閲覧された本は時々…いやかなり高頻度で何かしら不良が見つかる。  貸し出された本なら借主が分かるので滅多なことで不良は発生しないし、返却時に確認している。  不良の内容はページが折れている、何かが書き込まれている、酷いものだと破られていることも。  もっと悪質なのは、何か意図的に本に魔術を仕込まれることもある。  単純に本が傷むというだけでなく、魔術を仕込まれれば他の本やなんだったら人にも害が出ることもあるし、書き込まれた呪文や魔法陣が本に悪影響を及ぼすこともある。    どうしてそんなにマナーがなっていないのかと言うと、低級の本ほど魔術学校に通えない、本を購入できない層が人生の逆転をかけて学ぶことが多く、魔術書片手に魔法の練習をしているうちに白熱してそのまま書き込んでしまう人が出て来るのだ。  たまに持論を書き込んでいる者もいるのはどういう神経をしているのだろう。    まあそんな輩は大体成功しない。  国家魔術師はもちろん、他人のものを大事に扱えない人間が大成するなどと言う事は難しい。  テティアはまず書架Aから不良本をワゴンに移すと、修繕用の道具を並べたテーブルで作業を開始した。
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