1 王立魔術図書館の司書

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1 王立魔術図書館の司書

「おはようございます、館長」  朝の魔術図書館で新聞と睨めっこしている館長にいたって普通な挨拶したのは、赤茶けた長い髪を後ろできっちりとまとめ上げた、隙の無い身だしなみの女性。  クァネンハーマン王国の魔術図書館に勤務する司書、テティアだ。   「ああ、おはよう……いや凄い被害だね」  館長はそう言うと今まで自分が読んでいた紙面をパサ、とテティアに向けた。  黒炭でスケッチされた風景は、倒壊した何かの建物と一面の荒野だ。 「それ、王都の東にあった農園ですか?」 「そうそう。まあ王都に直撃よりはいいけど、小麦が全滅だよ。物価が上がるぞー」 「あのっ、精霊術師団(クァナリーズ)に被害は!?」  テティアの食いつきに館長が面食らう。  紙面をまた自分の方に向けると、被害状況を読み上げた。 「クァナリーズの……犠牲者は……おお、死者は出てないぞ。だが意識不明の重体1名、他怪我人多数…だそうだ。こりゃ今後の影響も多そうだなあ。まぁ我々には物価の方が気になるがな」 「え、ああ、そうですよね。値上げは困ります……重体1名か…」  確かに物価の高騰は困る。  司書の仕事は一応国家資格。しかもエリート集団である王宮の精霊術師団(クァナリーズ)が属する国家魔術師…の、うんと下の方。  魔法は全て精霊に力を借りることによって成り立つので、魔術師も精霊術師も意味合いは変わらないのだが、こと王宮の魔術師に関してだけ特別に精霊術師(クァナリー)と呼ばれた。  テティアの給料は1人の女性が身を立てるには十分な方だが、半分近くを実家に仕送りしているのでいつもギリギリの生活をしていた。  だがそれより彼女はクァナリーズの被害状況が気になるらしい。 「その方、助かるといいですね」  物価上昇は気になる話だが、テティアは知らない重体のクァナリーに思いを馳せた。心の中で「あの人」でなければいいなと思う。  彼女は子供の頃からずっと精霊術師(クァナリー)になるのが夢だったが、全く素質がないので諦めた。だが諦めたのはあくまでクァナリーになることであって、なんとかして少しでも近い職に就きたくて選んだのがこの司書だ。  カテゴリーの1番上は「国家魔術師」。魔法は使えなくても魔力があり、基礎的な魔術教養があれば就職できる。勿論国家資格なので試験はあるが、彼女はそれに見事に合格し憧れの職業の最下層に就くことが出来たのだ。  それでいいのかと言われたら微妙かもしれないが、素質のないものに関してはどうしようもない。  魔力は多かれ少なかれ誰でもあるので、魔法道具の使い方さえ覚えれば蔵書の管理も可能なのだ。  それにこの仕事、きちんと国から制服が支給される。  本職ほどの煌びやかさはないが、クァナリーズのようなローブが制服なのだ。  少しゆったりした作りのローブは落ち着いた深緑。首のあたりに留め具があり、そこだけ金属が使われ唯一の装飾品ぽさを出している。  外からは分からないが、内側には簡単な保護効果のある呪文が刻まれているのがいかにもそれらしいお気に入りポイントだ。  今も消えない憧れの気持ち。  その憧れの職業であるクァナリーが意識不明になるような怪我をしたのだから、彼女の中ではどこか他人事ではない気がした。  テティアは新聞のインクで黒くなった手の館長に「その手、インク落としてくださいよ」と注意すると、自分のロッカーへと向かいローブに着替え、開館準備を始めた。  この図書館で借りられるのは一般的な魔術書のみ。  他にも国が集めた古今東西様々な魔術書があるが、閲覧制限や禁書扱い、中には封印扱いの本まである。そちらの貸出はされていない。  普通の魔術図書館との違いはその膨大な蔵書量だけではなく、地下に存在自体が特殊な精霊書(グリモワール)が安置されている所だろう。  彼女が1人で触れていい本は一般魔術書のみ。  手入れの都合などで触る必要がある場合、必ずある人物の監視が必要となる。  それは単純に魔術書に何か仕掛けられたり盗まれたりしても困るので防犯の意味が強いのだが、司書を守る事故防止の意味もある。  扱いを間違えて手を焼かれそうになった司書や、頭からずぶ濡れになった司書も稀に存在するのだ。
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