5章 3 港町『グラス』

1/1
前へ
/81ページ
次へ

5章 3 港町『グラス』

 空がオレンジと濃紺のグラデーションに染まる頃、私達はこの国最後の港町『グラス』に到着した。 「海だわ! 港町に到着したのね!」 荷馬車の上から、見える町並みと海の光景にすっかり私は魅了されていた。 「リアンナ様、この町が一番気に入ったようですね」 隣に座るニーナが話しかけてきた。 「それは当然よ。だってこの海から新天地目指して、私達の新たな旅が始まるのだから。今からワクワクするわ」 すると御者台のジャンが話に加わる。 「俺は、この先何処までもリアンナ様についていきますから」 「そう? ありがとう」 「い、いえ。お礼なんていりません」 ジャンの顔が赤くなる。 「リアンナ様、勿論私もずっとお供させていただきます」 「ありがとう、ニーナ」 「カイン様は、途中で俺達とお別れなんですよねぇ?」 「え? ぼ、僕が?」 馬上のカインは突然話を振られたせいか、うろたえた様子を見せる。 そうだった。すっかり忘れていた。カインは本来、殿下の護衛騎士なのだ。今は私達の旅に同行しているけれど……本当にこの先、どうするつもりなのだろう。 「それより、もうすっかり日が暮れてしまいました。実はおすすめのホテルがあるので、今夜はそこに泊まりませんか?」 まるで話をはぐらかすようにカインが提案してきた。 「そうね、それじゃカインお勧めのホテルに案内してくれる?」 「はい、リアンナ様」 カインは笑顔で返事をした―― ****  カインが連れてきてくれたホテルは、海がすぐ近くという好立地条件の場所にあった。 「うわ〜窓から、こんな近くで海を眺められるなんて素敵!」 窓を開けると潮風が部屋の中に流れ込んできた。 空には大きな満月が浮かび、夜の海が月の光でキラキラと反射している。 「本当に素敵なお部屋ですね。私も気に入りました」 リーナも私と一緒に窓から顔をのぞかせてきた。 「どうですか? お気に召されましたか?」 背後からカインが声をかけてきた。 「うん、勿論! とっても気に入ったわ。何だか、1泊だけするのはすごく勿体ないと思わない」 私はこの港町が気に入ってしまった。出来れば、後数日は滞在したい。 「え? リアンナ様。だけど、俺達は追われているかもしれない身なのですよ。誰かさんのせいでね」 ジャンがチラリとカインを見る。 「確かに、は追われている身です。本来、もしこの時間に船が動いていれば、出向しても良いくらいです」 カインは「僕たち」を強調する。 「確かに、カインの言う通りではあるけれど。でもせめて2日位は滞在したかったな……だって私はこの国を出たら、もう二度と戻ってこれないのだから」 こんなに綺麗な港町にたった一泊しか出来ないなんて、勿体ない。 なのに、何故か3人は神妙な顔で私を見つめている。 「え? どうしたの? そんな思い詰めた顔しちゃって?」 「リアンナ様……なんてお気の毒な……」 ニーナが涙目で私を見つめている。 「うっく……」 驚くべきことにジャンは腕で目を拭っている。 そしてカインは……。 「確かにこの国はリアンナ様の故郷、離れがたい気持ちは理解できます。……分かりました。ご希望通り、後2泊いたしましょう。変装していれば、追手に気づかれることは無いでしょうから」 「本当? ありがとう、カインッ!!」 私は笑顔でカインにお礼を述べた。 「い、いえ。他ならぬリアンナ様の願いですから」 顔を赤らめるカイン。 こうして、私達は後2日『グラス』に滞在することが決まった。 そして、この夜……事件が起こった――
/81ページ

最初のコメントを投稿しよう!

689人が本棚に入れています
本棚に追加