第一章 ~運命の始まり~

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第一章 ~運命の始まり~

エリュシア神暦 1186年 アルヴィス神国 北方山岳地帯の農村。 畑仕事をする男たち。 井戸端でおしゃべりをする女たち。 追いかけっこをする子供たち。 軒下で日向ぼっこをする老人たち。 のどかな風景。 突然、空が真っ暗になる。 と、同時に空を引き裂くような青い雷光と凄まじい地響き。 7719c44b-6593-4033-8fbf-caf041187f2a 悲鳴を上げる者、 地面にしゃがみ込む者、 泣き叫ぶ子供を抱えて家の中へと走る者、 のどかだった風景が一変する。 呆然とした老人がつぶやく。 「あれは・・・ ‘’神の怒り‘’か?」 12年後・現在 エリュシア神歴 1198年 ナーダ諸島王国 海岸の断崖にそびえ立つ黒い石造りの王城。391f33cf-f2f8-4adc-90f0-3a8d9ce3c9fa 城内の図書室。 壁一面、天井までの本棚。0fceb4ee-fd37-47b6-9ade-1af3df9d20ae ティアーナ(17歳)が梯子に上って本を探している。 世話係のネリィ(48歳)がやって来る。 「やはり、またこちらでしたか  王女様」 本探しに夢中のティアーナ。 ネリィがもう一度呼ぶ。 「ティアーナ王女様!」 「ネリィ、じゃましないで  世界史の中世期の資料が、たしかこのへんに・・・」 「王陛下がお呼びですよ」 「ガイアスお兄様が?」 本探しの手を止める。 「何のご用かしら  あ! 来月の私の誕生祝会のことね」 「とにかく、すぐに王陛下の私室へいらして下さいとのことです」 「はいはい」 軽々と梯子から飛び降りる。 「王女様っ!!」 叫んで、そして嘆息するネリィ。 「はあ~・・・もうじき18才になられるのに  まだそのような幼子じみたお振る舞いを  お生まれになった時からお世話をさせていただいておりますが  お母上の前女王陛下が ‘’子供は元気が一番!‘’ と仰せになられ  私もそのお言葉に従ってはまいりましたけれど」 いつもの小言に「(また始まった🙄)」と思うティアーナ。 「王女様と同い年のお従姉妹クリスティーナ姫は先月ご結婚されたというのに」 「(あ、その話が加わってしまった😅)  クリスティーナには相思相愛の許嫁(いいなずけ)がいたのよ?  私とは違うわ」 「王女様もそういうお年頃だということです!  のん気になさっていると、あっという間にお年頃を過ぎてしまいますよ!」 ティアーナがクスクス笑う。 「ネリィ、それは実感?」 「ええ、実感で・・・って、王女様?!」 「心配しなくても大丈夫よ、ネリィ  私にその気がなくても、いずれ国が私の嫁ぎ先を決めるわ」 その言葉に、はっとするネリィ。 ナーダ王家は自由奔放な教育方針の一方で、王族としての義務と責任を幼い頃から厳しく叩き込まれる。 ティアーナも三人の兄王子たちと変わりなく、その環境で育った。 “お年頃”になっても、王女という立場では自由な恋愛や結婚は許されない。 生れながらに王族としての責務を背負っているティアーナを思うと、ネリィはいつも切ない気持ちになる。 「王女様・・・」 ティアーナ本人はそんな重責など感じていないかのように、 「お兄様のところへ行ってくるわね」 と元気に小走りで出て行く。 城内の階段をリズム良く駆け下りていくティアーナ。 「ごきげんよう、王女様」 すれ違う使用人が親しげに挨拶する。 ティアーナも「ごきげんよう」と笑顔で応える。 ナーダ王家の末っ子王女は王城の人気者。 小柄で愛くるしいティアーナの笑顔に誰もが顔をほころばせる。 王の私室。 扉の前でドレスの裾と呼吸を整えてから中へ入るティアーナ。 思いがけず、母・ダフィーネ(52才)がいる。 「お母さま?!」 駆け寄って手を取る。 前女王であるダフィーネは、体調不良から5年前に王位を退き、今は諸島の小島で静養生活を送っている。 「ご静養先から戻られたのですか」 「今朝、急にガイアスから連絡があって呼ばれたのよ」 「お母様も?」 扉が開いて、ガイアス(29才)が大きな歩調で入って来る。 ティアーナが礼儀正しくおじぎをする。 「ごきげんよう、陛下」 「ティアーナ ここは私室だ 堅苦しい作法はいらん」 上着を脱ぎ首元のボタンを外して一息つくガイアス。 ティアーナに椅子に座るよう促し、控えている侍従に下がるよう命じる。 「しばらくは誰も入れるな」 人払いをするのは何か内密の話があるということ。 「私の誕生祝会のお話ではないのですか?」 「まあ、そのこともあるが、そのことではない」 意味ありげなガイアスの言い方に、ティアーナが小首を傾げる。 「何ですの? まるで子どもの頃にやった謎かけ遊びみたいね」 「謎かけ遊びか、ディアスが得意だったな  あいつ、ひねくれたことを考えるのが上手いからな」 「ガイアス  あなたは忙しい身 無駄話はせず要件を話してちょうだい」 ダフィーネがピシャリと言う。 “女傑”と言われた前女王の母は今でも手厳しい。 ガイアスアがティアーナと向き合って座ると本題を伝える。 「ティアーナ お前の結婚が決まった」 きょとんとするティアーナ。 「結婚?」 ダフィーネは予測していたのか、表情を変えない。 ティアーナは話が呑み込めず、大きな黒い瞳をぱちくりさせている。 「いったい何のお話?  結婚が決まった? 私の?!」 「来月のお前の誕生祝会で正式に公表する 婚礼は六の月だ」 「六の月?! 三か月後?!  待って、お兄様  私はそのようなお話は何も聞いていないわ  なのに、いきなり言われても・・・」 「ティアーナ」  ダフィーネがティアーナを制するように見る。 「こういう日が来ることは、わかっていたでしょう」 「お母様・・・」  そう、わかっていた  いつかこういう日が来ると  でも、その “いつか” が、今日だなんて・・・ ダフィーネがそっと娘の手を握る。 母の手が「落ち着きなさい」と言っている。 深呼吸をするティアーナ。 姿勢を正してガイアスと向き合う。 「わかりました  私は三か月後にどなたと結婚するのですか」 「アルヴィスの次期神帝だ」 「アルヴィス?   “神の国”と言われている?」 また目をぱちくりさせるティアーナ。 「‘’神はその左手で大地をつくりました  神の左手は大地に恵みを与え、人々を豊かにしました‘’」 母が口にしたエリュシア神話の一説に、ティアーナが懐かしそうに微笑む。 「お母様がよく読んでくれた神話の絵本、大好きだったわ  神様は青き左手で(いかづち)を放った  ナーダの島々はその時に砕かれた大地のかけらだ、と」 エリュシアの世界には一つの主陸と数百の島がある。 小島の大部分は無人島だが、東方の海に連なる列島がナーダ諸島王国だ。 <エリュシア 世界概図>6742d6b1-3af6-4d97-beb2-1e0ec0f1b676 「アルヴィス神国  千二百年の歴史を持つエリュシア最古の国  いつの時代からなのか定かではないが、  異国とは一切国交せず国を閉ざし続けてきた  しかし、今から二十年前の神暦1178年、  隣接する連邦共和国セリジアとの国境に、物資流通拠点となる交易市場を  開設した  だが、アルヴィス本国への異国人の入国は未だ規制されている」 世界史の教科書はほぼ暗記しているティアーナ。 でも、と疑問が沸く。 「そのような国が異国との婚姻を?」 「千二百年の閉ざされた歴史をぶち破ったのが先帝のラウル帝だ  かなり革新的な考えを持つ方だったようですね、母上」 ダフィーネがうなずく。 「セリジアの外相を通して何度が書簡のやり取りはしました」 「母上も在任中、アルヴィスとの婚姻を進めようとなさった」 ティアーナが「そうだったのですか?!」とダフィーネを見る。 「当時は世継ぎの息子がいるとは知らなかった  私が内々に打診したのは先帝の皇女と第二王子ディアスとの婚姻  でもラウル帝が早逝して神帝不在となった神族会議の動向が読めず、  婚姻政策は見送ることにしたのよ」 「神族会議?」とティアーナが問いかける。 教科書には書かれていないことを前女王と現国王は知っているようだ。 ガイアスがティアーナの問いかけに答える。 「代々の神帝につながる血族を ‘’神族‘’ という  その神族たちが中枢となる行政機関が神族会議だ  アルヴィスの都、神都には広大な森があり、その中に宮殿があるそうだ  総称して‘’ヴァーレ‘’と呼ばれている」 「森に囲まれた ‘’ヴァーレ‘’ ・・・」 なんとも神秘的な響きを感じるティアーナ。 ダフィーネがガイアスに尋ねる。 「先方との交渉はどなたと」 「神族会議の長、バルグ卿  先々帝の直系で、先帝の甥にあたる  今回の婚姻にかなり積極的です  次期神帝の即位までは彼が神帝代理となっているようです」 「即位はいつなの」 「次期神帝が19才になる五の月」 そのやり取りを聞きながらまた疑問が沸くティアーナ。 「直系なら、なぜその方が帝位を継いでいないのですか  それに、姉上の皇女がいらっしゃるのでしょう?  我が国と違ってアルヴィスには女性に継承権はないのですか」 その疑問にはダフィーネが答える。 「性別は関係ないのよ 第一子である必要もないわ」 「おそらく庶子でも継承対象だ」とガイアス。 ナーダ諸島王国には、性別問わず第一子の嫡出子を第一継承者とする王位継承法がある。 でもアルヴィスは、性別も出生順位も関係なく、嫡出子でなくてもいい? 疑問が解けないティアーナ。 「では、どういう方が神帝となるのですか?」 ダフィーネがもう一度答える。 「‘’青き左手‘’を持つ者」 「青き左手?  えっ?! 神話の神様と同じ?」 ティアーナの目が大きく見開く。 ガイアスがティアーナの黒い瞳を見て告げる。 「そうだ  お前の夫となるのは ‘’神の左手‘’ を持つ男だ」
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