第一章 ~運命の始まり~

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ヴァーレ 東館 三階・神官の書斎。 ユノの前で落ち着かない様子のオーガが椅子に座っている。 桟橋でシグルが倒れて、どうしていいのかわからずとにかくロドを呼びに行った。 ロドに言われてオーガが東館の門衛の守衛隊兵に知らせに走った。 すぐにヒューイ隊長と数人の守衛隊兵が馬でやって来て、シグルを東館へ運んで行った。 それで終わりかと思ったら、オーガだけここに呼ばれた。 「神官様がお話しがある」と。 東館は神帝の館だ。 森番の見習いが入れるような場所じゃない。 緊張しているオーガに、ユノが優しい声音で話し出す。 「そなたが知らせてくれたそうじゃの」 「あの・・・神帝様、大丈夫ですか」 これで何かあったりしたら、また捕まるかもしれない、そうなったらマジにヤバいと内心ドギマギするオーガ。 「神帝は少しお疲れが出ただけじゃ 今はよく眠っておられる」 「あ・・・良かった」 心底ほっとするオーガに、ユノがフフフと笑う。 「その名の通り正直よのう して、神帝が倒れる前に何か変わったご様子はなかったかの」 「変わった様子?」 空は晴れていたのに、突然雨が降って来た。 いや、あれは雨だったのか? オーガが見たままを伝える。 「光る雫とな? ・・・ふむ 神の涙であったか」 納得するようにうなずくユノ。 「神の涙?」 「にわか雨のことじゃよ」 「ああ・・・」 でも何か釈然としない。 「オーガ」  「はい?」 「"正直なる者"  (いにしえ)の神の主騎士の名じゃ」 「はあ・・・? (何言ってんだ???)」 やっぱこのちっこいじーさん、変な人だ、と思いながらも、見えていないはずのユノの視線を感じて思わず背筋がゾクッとするオーガ。 ヴァーレ 外区 学苑 図書室。 オーガが机で本を読んでいる。 側を通りかかった苑長が驚いた顔をする。 「オーガ? 図書室にいるとは珍しい」 「俺だって本くらい読みますよ、苑長先生」7292e1af-36df-4369-bc81-ef0e3754a054 「ほう? 神話か いい機会だ 少し話してあげよう」 「(やべ・・・苑長は話長げえんだった) 俺、授業があるんで😅」席を立つ。 「今日の授業は全部終了しているだろう?」 「・・・お話、伺います😓」席に座る。 苑長は歴史の教師。個人的に趣味で神話の研究もしている。 「神話については諸説あるのだが、元々は古語によって記されていたであろうと言われている」 「古語って?」 つい聞いてしまって、 「(あ、ヤバい・・・転がしちまった)」と悔やむオーガに、苑長が揚々と語り続ける。 「古代にはアルヴィス独自の言語があった それが古語だ 実はアルヴィスの人名の多くは古語に由来している」 オーガ  正直なる者 あのちっこいじいさんが言ってたのは、そういうことか? 「神話は神暦以前にこの地を治めた有力者が神制としての統治国家を築くために創作した、という説が主流だ 神の国として宗教色を持たせ、他民族からの侵略を防いでいたのだろうと」 「俺、ずっと不思議に思ってたんですけど、なんでアルヴィスは他の国と交流しないんですか?」 交易市場で生まれ、セリジアにいたことがあり、ナーダの情報屋をやっている自分の中には外国との境界線はない。 オーガにとってアルヴィスの排他主義とも言える国風は以前からの純粋な疑問だった。 「良い質問だ これは私の持論だが、そもそも不可侵性を保つということは・・」 「(うっ・・・めんどくさい話になっちまった)」 自分で転がしたのに、理屈っぽい話は苦手なオーガ。 神の騎士って何ですか、なんて聞こうものなら、さらに苑長の話が長くなる。 適当に相槌を打ちながら、神話の本をパラパラとめくる。 「((いにしえ)の神の騎士なんて、どこにも出てこないじゃんか)」 が、"神の涙"という一文に目が止まる。 神は一度だけ涙を流された なぜ神が泣いたのか、その理由はわからない 神の涙は七色に輝く雫となって天から降り注ぎ、 人々に癒しを与えたという021b5334-e48b-4cc9-93cb-8c04969b52b1 湖に降り注いだ輝く雫とシグルの頬にあった一筋の涙の跡を思い返す。 「(まさか・・・だよな)」 心の中で笑い飛ばして、本を閉じるオーガ。 ナーダ諸島王国 王城 ティアーナの部屋。 ティアーナが神話の絵本を手にしている。 幼い頃、大好きだった絵本を愛おしそうに撫でてから、箱の中に入れる。 机の上に置いてある望遠鏡もその箱に入れて蓋をする。 窓辺へ行く。 窓を開ける。 青い海、空、水平線、波の音、潮の香り・・・ b1a99562-1ca6-4a0c-9814-127fd9848938 生まれた時から当たり前にあった風景、音、空気感・・・   外套を着たルクィードが「ティアーナ様 そろそろ」と声をかける。 「ええ そうね」 窓を閉めて、帽子と手袋を取るとルクィードと供に部屋を出て行くティアーナ。 誰もいなくなった部屋の中、机の上にぽつんと残された箱。 玉座の間。 王冠と王笏の台座の階段前に立っているガイアス。 ディアスが来る。 「ここにおられましたか」 「何だ」 「船が予定通り出航したことをご報告に」 「そうか」 ガイアスが階段の最上段を見上げる。 「急に城中が静かになったような気がします」 ディアスがしみじみと言う。 「ああ そうだな・・・」とガイアスがつぶやく。 静寂の中、同じ思いで階段を見つめる兄二人。 船上 甲板。 遠ざかる港を見ているティアーナ。 ルクィードが船室へ入るよう促す。 「中でお休みください アルヴィスまでは長旅になります」 「もう少しだけいてもいい? ナーダが見えなくなったら船室へ行くわ」 港はもうほぼ見えなくなっている。 それでも目を離さずにいるティアーナに、ルクィードが「わかりました」とうなずく。 「・・・そうですね ではそういたしましょう」 一歩下がって後ろに控える。 水平線に消えて行く故郷をただじっと見つめるティアーナ。 その黒髪がサラサラと音を立てながら海風になびく。 54b61880-af15-4a21-8889-826ea7d7fea7 第二章へ続く
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