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ヴァーレ 別館
夜明け前。
別館の前に整然と並ぶ守衛隊兵の一団。
門扉の外で控えているルクィードのところへヒューイがやって来る。
「女官殿ですね
私は守衛隊長、ヒューイです」
「ヒューイ隊長
すみません、ここにいてはいけなかったでしょうか」
ヒューイが「いいえ」とやわらかい笑みを返す。
「門の中でお待ちになられてはいかがですか」
「よろしいのですか?」
「婚礼の儀を終えて出て来られる帝妃を最初にお出迎えするのはあなたのお役目かと」
少し驚いたようにヒューイを見るルクィード。
「何か?」
「あ、いえ
はい ありがとうございます」
夜が明ける。
婚礼の儀が始まる。
祭壇の間。
ティアーナが祭壇へ向かって側廊をゆっくりと進んで行く。
参列しているのはバルグ、冷ややかな表情のヴェルマイヤ、無表情の内務卿、財務卿、好奇の目でティアーナを見る法務卿、商務卿、文部卿。
祭壇の前で立ち止まり、神坐を見上げるティアーナ。
初めて見るシグルの姿がそこにある。
「(あの方が神帝・・・)」
純白の正装に帝冠をつけて黄金の神坐にいるその人は、神々しくさえ感じる。
まるで絵本に描かれていた神様のよう・・・
シグルを見上げたまま呆然となる。
祭壇のユノが詔を唱え終わった。
でもティアーナは呆然と立っている。
突然、シグルが立ち上がり神坐の階段を降りて来る。
「(え・・・?)」
そんな段取りは聞いていない・・・
が、はっとする。
「(あっ!)」自分がひざまずいて祈りを捧げていないことに気づく。
当惑するティアーナの隣で、シグルが祭壇の上にある腕輪を取り、黒い手袋をした左手の手首につけると、もう一つの腕輪をティアーナに差し出す。
目の前にいるシグルの紺碧色の瞳を魅入られたように見つめるティアーナ。
ナーダの海の色と同じ・・・
シグルがティアーナの左手首を掴んで腕輪をつける。
「(えっ?! でも腕輪は神官様が)」
「ユノ これで終わりか?」
「祝福の詔がござりまする」
ユノが詔を唱え終わるやいなや、シグルが祭壇の間を出て行く。
「神帝! お待ちを!」
バルグが後を追いかける。
ざわめく神族たち。
口元に笑みを浮かべるヴェルマイヤ。
「帝妃」
ユノが声をかけるが、ティアーナはただ呆気に取られて、シグルが出て行ったほうをぽかんと見ている。
「帝妃」
自分が呼ばれていることにやっと気づく。
「あっ、はい?」
「ちと段取りに変更がございましたが、これにて婚礼の儀は終了いたしました
今この時よりあなた様は帝妃にござりまする」
「私・・・」
ようやく我に返った思いのティアーナ。
「すみません、私がひざまずいて誓いを捧げるはずでしたのに、緊張してぼうっとしてしまって・・・」
「なんの
お気にされずともよろしゅうござりまするよ」
ユノの優しい物言いに、少し気持ちが落ち着く。
「神官様」
「ユノとお呼び下され」
「ユノ神官
神帝はなぜ神坐を降りて来られたのでしょう
腕輪もユノ神官から手渡される手順と聞いていましたが」
「さて? それは神帝ご本人にお尋ねなさいませ
私は神坐への階段をよっこらよっこら登らずに済みましたがの」
ユノの冗談に思わず笑ってしまうティアーナ。
「その笑うお声・・・
懐かしゅうございますな」
「(懐かしい?)」
「"偽りなき真の心 誓い契りし二つの心
其れ神の祝福を与えられし永遠の幸なり"
最後にとなえた祝福の詔にござります
古語ですゆえ、おわかりになりませんでしたでしょう」
「(・・・古語?)」
ユノがティアーナの手を取る。
「この先、神帝と供にあるはあなた様の運命」
「私の運命・・・?」
「お忘れになられますな」
ユノの穏やかな声と温かい手のぬくもり。
ティアーナの中に不思議と安心感が湧く。
なぜだろう
このお方には何もかもをわかってもらえるような
そんな安らぎを感じる
別館・外。
扉が開き、シグルが足早に出て来る。
ヒューイがさっと合図し、守衛隊兵が隊列を作ってシグルを囲む。
後を追って来たバルグを無視して、
「東館へ戻る」とヒューイに告げるシグル。
守衛隊を従えて門を出て行く。
「(あのお方が神帝か)」
事前報告に"若い女性に好まれる容姿"とあったが、あれは私の目にも「お!」とびっくりするくらい美しいお顔立ちだな。
と、それはそうとして、婚礼の儀の後、神帝と一緒に出て来るはずのティアーナの姿がない。
「バルグ卿 ティアーナ様はご一緒ではないのですか」
「婚礼の儀は終了しました
帝妃も直にお出になられます」
すぐに自分の失言に気づくルクィード。
婚礼の儀を終えたティアーナ様は、この別館を帝妃となって出て来る。
ヒューイに言われたことを思い出す。
『帝妃を最初にお出迎えするのはあなたのお役目かと』
ティアーナが別館から出て来る。
ルクィードがティアーナの前へ行き、深々とお辞儀をする。
「ご結婚のお祝いを申し上げます
帝妃」
「ルクィード・・・」
「帝妃、東館までお供いたします」
五人の守衛隊兵がティアーナに付く。
今日この時からヴァーレでの本当の日々が始まる。
深呼吸をしてティアーナがうなずく。
「行きましょう」
朝日を背にした東館へと向かう。
ヴァーレ 東館
二階の廊下。
アグネスを先頭に緊張した面持ちの使用人たちがティアーナの前に並ぶ。
「帝妃様付の使用人頭を務めさせていただきます
アグネスと申します」
「先帝の帝妃に仕えていたそうですね
頼りにしています アグネス」
「こちらの者が侍女として帝妃様のお世話をいたします」
レイアが一歩前に出る。
「レイア!」
「姫様!」
久しぶりに会った友だち同士のように、手を取り合うティアーナとレイアをアグネスがジロリと睨む。
レイアがすぐに姿勢を正して礼儀正しくおじぎする。
「失礼いたしました、帝妃様
侍女として精一杯お仕えいたしますのでよろしくお願いいたします」
使用人の一人一人に声をかけて名前を聞くティアーナ。
「仲良くしましょうね
よろしくね」
ティアーナの愛らしい笑顔と気さくな態度に、緊張していた使用人たちも皆笑顔になっていく。
アグネスが二階を案内しながらティアーナとルクィードに東館の説明をする。
「この二階が帝妃様のお住まいとなります
三階は神帝様の居室と執務室、側人の神官様の居室と書斎がございます」
二階と三階?
ルクィードが即座に問いただす。
「神帝とご一緒のお住まいではないのですか?」
「そのようなしきたりはございません」
「しきたり? ご夫婦なのに別居するのがしきたりなのですか」
「先の神帝様と帝妃様もそうなさっておりました」
「それは先帝ご夫妻のご事情だったのでは」
「な、なんですって?!」
今にも憤慨しそうなアグネスと言い争う気満々のルクィード。
ティアーナが慌てて間に入る。
「わかりました
私はそれでかまわないわ」
「帝妃?」
ルクィードを制するように「いいのよ」とうなずく。
アグネスが控室、応接室、帝妃の私室と案内して終わる。
「ルクィードの部屋はどこに?」
「女官様は西館で今お使いのお部屋を」
「西館?」
ティアーナがルクィードと顔を見合わせる。
「西館は来訪者用なのでは
なぜ、ルクィードは西館なの?」
「それは、その、女官という立場がヴァーレにはございませんので
内区の使用人棟も今部屋が空いておりませんし、かと言って外区の宿舎というわけにもまいりませんし」
ティアーナとルクィードから目を逸らすアグネス。
「(私を帝妃から遠ざけたいのか)」
これは誰の差し金だ、と言わんばかりのルクィードだが、ティアーナがそっと「(黙っていて)」と言うような目をしたので、ここはお任せしようと一歩引き下がる。
「ユノ神官は神帝と同じ三階にいらっしゃるのですよね」
「神官様は先帝様からの側人ですので」
「それもヴァーレのしきたりなのですか?」
「そうです」
「でしたら、ルクィードの部屋も私と同じ東館の二階にしてください
女官とは、ヴァーレ風に例えるなら帝妃の側人です」
「い、いえ、しかし・・・」
「しきたりに反してはいないでしょう?
それに、見たところ二階には空いているお部屋がたくさんありそうだわ」
アグネスがまた目を逸らす。
「ルクィード、それでいいわね?」
「はい 仰せのままに、帝妃」
「では、そうしてちょうだい、アグネス」
「・・・かしこまりました 帝妃様」
帝妃の私室。
婚礼の衣装から部屋着に着替えるティアーナに、レイアと三人の召使いが付いている。
「ありがとう、もういいわよ
晩餐会用の着替えまであなたたちも下がって一休みしてね」
レイアと召使いたちが「え?」という顔をする。
「いえ いつも帝妃様のお側で控えているよう言われています」
「いつも?」
「はい 帝妃様付の侍女とはそうするものだと、アグネスさんが」
ティアーナが小さく溜息をつく。
「アグネスには私が言っておくわ」
みんなも下がっていいわよ」
戸惑いながらも退出して行くレイアと召使いたち。
ルクィードと二人になって、やっと寛いだ表情になるティアーナに、
「よろしいのですか」とルクィードが聞く。
「四六時中控えていてもらう必要はないわ」
「お住まいが神帝と別になっていることです」
そのことは、今は触れて欲しくなかった、と思うティアーナ。
「ヴァーレのしきたりなのだから、そうするしかないでしょう?
それに・・・」
婚礼の儀の間、神帝は儀式を早く終わらせたがっているようだった。
この結婚に対して神帝ご自身は納得していないのではないだろうか。
神帝の本意がわからないまま、結婚生活を開始するのは正直躊躇いがある。
「私もまだ戸惑うことばかりだし
少しずつ慣れていくしかないと思うの
だから、しばらくはこのままでいいわ」
たしかに、しばらくはこの東館での様子見は必要だとルクィードも思う。
「(しかし、政略結婚とはいえ、別居のままは・・・)」
ふと見ると、ティアーナが椅子に腰かけたまま眠っている。
「やれやれ・・・
さすがにお疲れになったか」
ひざ掛けをそっとティアーナにかけてあげる。
三階・神帝の私室。
長椅子で横になっているシグルに、トゥライドが遠慮がちに話しかける。
「神帝様、あの・・・」
「何?」
「今夜はどちらでお休みになられますか?」
「?」とシグルがトゥライドを見る。
「帝妃様のお部屋には・・・?」
「(帝妃の?)」
聞かれている意味に気づいてうんざりした溜息をつくシグル。
「ここで休む
いちいち聞かなくてもいい」
「かしこまりました」
左手首の腕輪を見る。
腕輪をつけようとした時、何かを想うようにシグルの目を見つめていたティアーナの黒い大きな瞳。
そしてティアーナの手首を掴んだ時に一瞬見えたあの幻は・・・
が、それらを頭から打ち払うように、左手を投げ出して目を閉じる。
三階・廊下。
トゥライドがアグネスに、
「こちらでお休みになるとのことです」と伝える。
「承知しました」とアグネス。
「あの、これから毎日神帝様にお伺いする必要はないと思いますが」
「神帝様がお越しになられるのでしたら、帝妃様にはお仕度がありますので」
「しかし・・・」
「私は先の帝妃様に仕える第一侍女でした
その頃あなたはまだ下僕でしたね」
侍従や侍女の上級使用人は下級使用人の上司であり、その上下関係は徹底されている。
トゥライドは真面目な働きぶりと穏やかな人柄を先帝に認められ、侍従としての試用期間を経て昇格したが、アグネスからすれば未だ目下の者だ。
「東館のことは私にお任せください
でもまあ、あなたの苦労もわからなくはないです、トゥライド侍従
今後は、もし神帝様が帝妃様のもとへお越しになるようなことがある場合は、必ず事前に私に知らせるように
いいですね?」
「・・・わかりました」
二階・帝妃の私室。
晩餐会用の衣装に着替えたティアーナの頭に、レイアが光り輝く宝冠をつける。
アルヴィスには輝く宝石がたくさんある、とは聞いていたけれど
これほどのものだとは、と感嘆するティアーナ。
「この腕輪についている宝石も同じものかしら
まぶしいくらいに輝いて、これは何という宝石なの?」
「私たちも初めて見ました
神族の奥方様も、皇女様も身に着けてはいらっしゃらないかと」
「そうなの? 本当に綺麗だわ」
「お綺麗なのは帝妃様です
帝妃様の黒い御髪にとてもよく似合っています」
召使いたちもうっとりと見ている。
婚礼の衣装とは打って変わって、今度は金銀糸の刺繍がいっぱいのドレス。
髪を結い上げ、化粧もして、そしてこの見事な宝冠。
こんなに煌びやかな装いは初めてのティアーナ。
「でも、少し派手じゃないかしら」
「とんでもございません!」とレイアが仕上げに香水を降りかける。
「今日の主役は花嫁の帝妃様なのですから
一番華やかになさっていないと」
『今夜の主役はお前だ、ティアーナ
どの花よりも一番華やいでいる』
誕生日のガイアスの決まり文句が懐かしい。
真珠の宝冠をティアーナにつけて涙ぐんでいたネリィは今頃どうしているのか。
ティアーナが黙り込んだので、レイアが気に掛ける。
「帝妃様?
私、何かお気に障ることを申し上げたでしょうか」
「あ、ううん、そうじゃないわ
こんな豪華な装いは初めてだから、ちょっと緊張しちゃったの
でも、ありがとう、レイア
それから、ミア、ウィーズ、ヘレナ
あなたたちの丁寧な仕事ぶりにも感心しました」
一人ずつの名前も言ってもらえて、嬉しそうにはにかむ召使いたち。
別室で支度をしていたルクィードが顔を出す。
「では、私は先に西館の晩餐会場へ行きますので」
「ルクィード?
そのままで行くの?」
化粧っけもなく、髪も結っていないルクィード。
「私の持っている衣装の中で一番上等なものを選びましたが
何か?」
お洒落には無頓着なルクィード。
背も高くスラリとして、誰が見ても美人なのにもったいない、とティアーナはいつも思っている。
レイアも呆れたようにルクィードを見ている。
「帝妃様 私たちにお任せいただいてもよろしいですか」
「ええ お願いするわ」
「はい!」
レイアと召使いたちに引っ張られて、鏡の前に座らせられるルクィード。
「な、何をいったい・・・?!」
ヴァーレ 西館
晩餐会の大広間。
化粧をして髪を結ったルクィードが席に着く。
出席者の神族やその夫人たちの視線がルクィードに集中する。
「あれか? 大学院出の女官とやらは」
「まあ、あの赤い髪・・・」
注目の的。
「(やれやれ・・・😓)」
バルグがルクィードの隣の席に着く。
「ルクィード女官
今夜はまた一段とお美しい
見違えましたよ」
「(は?😒)」と思いながらも「恐れ入ります」と目礼を返す。
ヴェルマイヤが対面の席に着く。
バルグとルクィードが並んで話しているのを無視するように、ツンと横を向く。
皇女の真向かいなのか、とさすがのルクィードも居心地の悪さを感じる。
「バルグ卿 ご招待いただき感謝いたしますが、このような上席は」
「遠慮はいりません
あなたは王家の代理として出席いただくのですから」
「それは、身に余る光栄ですが・・・」
「そう堅くならず楽しんでください」
「ありがとうございます
(だが、こっちは情報収集の仕事だ)」
さり気なく周りを伺う。
神族夫人たちが身につけている色とりどりの宝飾具、煌びやかな衣装、
食卓には金の模様入りの皿、銀の食器、これまで見たこともないような種類の料理がふんだんに並んでいる。
そして頭上の大きな飾り照明の明るさには目がくらみそうだ。
「(やれやれ・・・)」
贅沢三昧だということはよくわかった。
大広間・扉の前。
アグネスに付き添われて来たティアーナ。
公式の場に出る時は男性が付き添わないのかとアグネスに聞いたら「そのような習慣はございません」と一蹴された。
まだ一言も口をきいていない神帝と、この晩餐会でお話しできればと思う。
「神帝は、先に中に?」
「神帝様はいらっしゃいません」
「いらっしゃらない?」
すぐには意味がわからず聞き返すティアーナ。
「神帝がいらっしゃらないとは、どういうこと?」
「詳しいことは存じません
私は帝妃様をこちらにお連れするだけですので」
大広間。
神帝は不在のまま晩餐会が静かに始まっている。
体調不良のため急遽欠席となった、とバルグから聞かされたルクィードは「どういうことですか?! それもヴァーレのしきたりだと言うのですか!」と言い返しそうになった。
何事もないように食事を続ける神族たち。
機嫌よさそうに夫人たちと歓談しているヴェルマイヤ。
雛壇の席で一人ぽつんと座っているティアーナを見ながら、できることならすぐにここから連れ出してあげたいと思うルクィード。
だが、今は黙って耐えるしかない。
「(この婚姻は、思っていた以上に厳しい状況だ)」
うつむいてただじっと席にいるティアーナ。
時折、神族たちの中から聞こえて来る声。
異国人・・・
黒髪・・・赤毛・・・
これが、政略結婚の現実なのだ
私は甘い理想を思い描いていただけで
現実を見ようとしていなかった・・・
華やかで煌びやかな、そして空虚な晩餐会。
ヴァーレ 東館
二階・帝妃の寝室。
暗がりの中で放心したように寝台に腰かけているティアーナ。
突然思い立ったかのように立ち上がると、寝間着を脱ぎ部屋着に着替えて寝室を出て行く。
一階・玄関広間。
階段を下りて来たティアーナの姿に戸口を警備する守衛隊兵が驚く。
ティアーナが「しーっ」と人差し指を立てる。
「外の空気に触れたいの
少し歩いたらすぐに戻って来るわ」
中庭。
西館の部屋よりも倍はある寝室では落ち着かなくて、室内に漂う芳香油の匂いにも息がつまりそうになった。
今朝、別館から東館へ移動する途中、中庭があると知って、ここへ来てみようと思い立った。
植栽と花壇の中、星空を見上げながらあてどなく歩くティアーナ。
水音に気づいてその方向へと行く。
「噴水?」
近づいて行っていみると人影が見える。
「(誰かいる・・・?!)」
噴水の前にシグルがいる。
「(・・・神帝?!)」
シグルもティアーナの姿に気づく。
「(なぜここにいる?!)」
立ち去ろうとするシグル。
「待ってください!」
ティアーナが呼び止める。
立ち去りかけたシグルがその場で足を止める。
とにかく、何か話そうと思うティアーナ。
「ご体調はもうよろしいのですか」
「・・・・」無言。
「少し、お話ししてもいいですか」
「・・・・」無言。
「(返事くらいしてくれても・・・)」
でも立ち去らずにいる。
神帝も話したいと思っているのかもしれない。
思い切って、気になっていることを聞いてみよう。
でも、その前にまずは謝っておかないと。
「あの・・・
婚礼の儀のことはお詫びします
私が手順通りにできなくて・・・」
「僕は神じゃない」
「え?」
「ひざまずいて祈られるなど、嫌だ」
「そう・・・だったのですか」
神坐にいる神帝は神話の絵本の中に描かれている神様のように美しかった。
でも暗がりの中にいる今は普通の人と変わらないように思える。
ティアーナの気持ちが少しほぐれる。
「神坐を降りていらした時は驚きました
腕輪も神官様から渡されると聞いていたので」
「あんな儀式など、早く終わらせたかった」
「(あんな儀式・・・?)」
やはり、神帝は本心から納得していないのだ。
「お聞かせください
神帝はこの結婚をどうお考えなのですか」
「国同士が決めたことだ」
国策として国同士が決めた結婚。
君主である神帝の責務。
王女である自分の責務。
それでも、私は・・・
「言っておく
君はヴァーレで好きにしていればいい
僕は一切干渉しない」
その言葉に愕然とするティアーナ。
「お休み、帝妃」
ティアーナを見もせずにシグルが立ち去る。
暗闇の中、取り残されたティアーナは呆然とただ立ち尽くす。
ヴァーレ 東館
真夜中。
二階・帝妃の寝室。
中庭から戻って寝台に横になったものの眠れないでいるティアーナ。
義姉のヴェルマイヤも他の神族も、この結婚を心から歓迎していないのはわかった。
だけど・・・
『君はヴァーレで好きにしていればいい
僕は一切干渉しない』
私を一番拒絶しているのは、他の誰でもない
神帝だった
泣くまいとするが涙がこぼれて来る。
「お母様・・・
お兄様・・・」
枕に顔をうずめて声を押し殺して泣く。
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