第一章 ~運命の始まり~

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ナーダ諸島王国 王城 王の執務室。 秘書官が執務机のガイアスに 「陛下、ディアス王子がお戻りになられました」と伝える。 ディアス(27歳)が入って来る。 「只今戻りました 陛下」 待っていたように、執務机のガイアスが椅子から立ち上がる。 「ご苦労だった  セリジアとの交渉はうまくいったようだな」 「はい 事前の情報収集で相手の出方を把握していましたから」 ガイアスが手招きして隣屋へと促す。 隣室には極秘打ち合わせ用の小部屋がある。 中に入り扉を閉めて「もう一つの件は?」とガイアスが聞く。 ディアスがうなずいて報告を始める。 「交易市場に潜入している秘警隊諜報員が新たな情報を得ています  十二年ほど前、アルヴィスの北方山岳地帯に巨大な落雷があったそうで」 「巨大な落雷?」 「当時目撃した者の話しでは、‘’神の怒り‘’だと思ったとか」 「神の怒り?」  ガイアスが「はは」と軽く笑う。 「で、それがどうしたと」 「雷の真偽はともかく、  その落雷の地から守衛隊が連れ帰った子どもが、次期神帝だった  守衛隊は神帝直下の近衛部隊で  神帝以外は神族でも動員はできないのだそうですが」 「その守衛隊とやらが、雷が落ちた山の中から次期神帝を見つけてきた?  なんだ、そりゃ」 笑い出すガイアス。 「それはたぶん、先帝が妾に子供を産ませたが、  正妻を憚って人里離れた所に住まわせていた  ということじゃないのか」 「ええ おそらくは」 真顔のディアス。 「そこにたまたまどでかい雷が落ちた  母親はその災害で亡くなったのかもしれんな」 「はい、そのようです」 「ただ」とガイアスが片眉を上げる。 「何年も世継ぎの存在を明かさなかったのは解せないな  母上も先帝に息子がいたことは知らなかったと言っていた  青い左手を持つ息子なら、妾腹でも正統な世継ぎだろうに」 ディアスが報告を続ける。 「その辺りの詳細事情は未確認です  正妻の帝妃のほうは皇女誕生後に病に伏したそうで  次期神帝がヴァーレに引き取られた後間もなく亡くなっています  死因についてはいろいろと憶測もあるようですが」 「なるほどな  神の国にも人の業はあり、噂好きはどこにでもいるということか」 「そういう噂の中に、時として真実が含まれている場合があります  それを探り出すのも秘警隊の任務です」 “秘警隊“とはナーダ王軍の極秘諜報機関。 現在は王弟であるディアスが指揮を執っている。 「情報戦略を担う秘警隊は我が国の秘密兵器とも言える  お前が指揮を執ってからさらに強力となった」 「それはどうも 陛下」 「兄弟だけの時に‘’陛下‘’はやめろ  他には?」 ディアスが少し言いにくそうに話し出す。 「実は、次期神帝に関して少々芳しくない話が・・・  先帝は使用人にも気軽に言葉をかける方だったそうですが  次期神帝は誰ともまともに話すこともなく  毎日森をぶらついているか、湖で釣りをしているか」 「いい身分だな  ま、神の帝になるのだから、いい身分には違いないか」 ガイアスはよく軽口を叩く。 子どもの頃からずっとそうだった。 もう慣れっこのディアスはいちいち反応せず聞き流している。 「まだ十八、九の若造だろ?  俺は二十四才で即位したが、それまでは好き勝手し放題だった  重臣や貴族たちからは放蕩王子と言われて、  お前を擁立しようとする動きもあったくらいだからな」 「その件は・・・」 ディアスが少し渋い顔になる。 過去にあった継承問題は、兄弟間で触れないようにしている話だ。 ガイアスもつい口にしてしまったことを内心悔やんで、話題を戻す。 「どうであれ青い左手を持つ者が神帝となる」 「しかし、本当に青いのでしょうか  私はにわかには信じがたいのですが」 千年以上も青い左手が受け継がれていく血統などあるのか、と正直なところ眉唾ものだと思っているディアス。 ガイアスもまた同じように捉えている。 「肌を染めるのは昔からある技法だ  現代ならセリジアの外科医術で何色にでもできる」 「次期神帝は偽者だと?」 「そうは言っていない  青い左手が本物だろうが偽物だろうが、それはどうでもいい  俺が知りたいのは、次の神帝は実のある統治者になるのか  象徴としてのお飾りになるだけなのか、だ」 「現時点では後者かと」 「ならば、こっちはそのつもりで動くだけだ」 「はい」と同意するディアス。 密談部屋での話は終了。 扉を開けながらガイアスが思いついたように言う。 「神話の神のように雷を落とせるなら別だがな  ヘタな軍隊より強力だぞ」 さすがに「まったく・・・」と溜息をつくディアス。 「そういう冗談はどうかと思いますが」 「お前が真面目すぎる」 「兄弟揃って不真面目では国が崩壊します」 ガイアスがつくづくディアスの顔を見る。 「ディアス、お前の冗談は本気に聞こえるから怖いぞ 」 「ですから、冗談ではありません  では失礼します  これからティアーナに約束した土産を渡しに行きますので」 「そうか ならばちょっと話を聞いてやってくれ」 「話?」 「今回の婚姻にはあの子なりに思うことはあるはずだ  なのに俺には何も言わん」 実の兄とはいえ、王であるガイアスに文句も愚痴も言えないのは当然だろうと思うディアス。 だが、妹を気遣うガイアスの兄としての気持ちもわかる。 「そうですね  わかりましたよ、兄上」 「例の人員は?」とガイアス。 「予定通りに」とディアス。 暗黙の了解で互いにうなずき合う。
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