第一章 ~運命の始まり~

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ティアーナの部屋。 机に向かっているティアーナ。 何冊もの書籍や資料、地図を見ながら熱心に帳面に書き綴っている。 「また勉強か?」 ディアスが部屋に入って来る。 「ディアスお兄様!  セリジアの出張からお戻りになったのね」 嬉しそうにディアスに駆け寄る。 ディアスが「約束の土産だ」と望遠鏡をティアーナに渡す。36073d5d-e275-4055-bce2-37f471ac816c 「ありがとう! お兄様!  これで肉眼では見えない星も見えるわ」 「外洋船の洋上でも多いに役立っている  この最新型を持っているのはまだ船長だけだ」 「まあ!  外洋船に乗っているロドリスお兄様に自慢できるわね」 王家の三兄弟で一番下の兄ロドリスは、ナーダ王軍の海軍に所属しており、今は外洋探索の航海に出ている。 窓辺へ行き早速望遠鏡で外を見るティアーナ。 ディアスが机上に目をやる。 交易市場に関する資料や世界地図、帳面にはびっしりと書き込みがある。 「あ、見張り塔の衛兵があくびをしている」 「こらこら 覗き見は駄目だぞ」 望遠鏡を海の方へと向けるティアーナ。 「アルヴィスには世界で一番高い山があるわ  そこからこの望遠鏡で東の方角を望んだら、  ナーダの島々は見えるのかしら」 「ティアーナ」 それはない、と言おうとして思いとどまるディアス。 ティアーナが望遠鏡から目を離してディアスを見る。 「わかっているわ、お兄様  前人未踏の山の頂上にはたどり着けないし、  山脈に囲まれたアルヴィスのどこからもナーダは見えない」 「そうだな」 「ちゃんとわかっているわ  アルヴィスとの婚姻が王女としての私の務めだということも」 そう言って笑顔を作って見せる妹に、 「そうか・・・」とうなずき返すディアス。 「一つ教えてちょうだい お兄様  この婚姻で両国が得られるものは何?」 「お前のことだ 自分なりに考えたのではないか?」 「ええ 考えたわ」 ティアーナが机の帳面を手に取る。 「アルヴィスには豊富な鉱山資源がある  金、銀、高価な宝飾品となる原石も」 エリュシアで鉱山資源を持つのはアルヴィスだけだ。 その宝の山を狙って、有史以来侵略による略奪を試みた者たちは数多くいた。 だが、険しい山脈に阻まれ命を落とす危険のほうが大きく、神の国を汚す者には神話に語られている “神の怒り” の天罰が下る、という言い伝えが生まれた。 そうしていつしかアルヴィスは “神の国” として不可侵な領域となり、 アルヴィスもまた自国を完全に閉ざすことで、その不可侵性を保ってきた。 近年はアルヴィスが鉱山資源をセリジアに一部輸出するようになり、交易市場の開設以降はセリジアを通じて各国への流通も可能になっている。 「でも、今どの国も一番欲しいのは動力の燃料となる石炭よね?」 セリジアの工業技術の発達もあり、石炭の需要増加は著しいのだが、アルヴィスの供給量はそれに追いついていない。 「外洋進出のために蒸気船を開発している我が国には、  どうしても必要なのでしょう?」 ナーダ諸島王国は、百以上の小島からなる列島国。 海産業は盛んだが、狭い土地しかない小島での農業生産は限られており、穀物類の主食糧は大半をセリジアからの輸入に頼っている。 農業や他の産業も展開できる新たな領土を得るために、未開の大陸探索を進める外洋計画は最も重要な国策だ。 船舶技術がセリジアよりも進んでいるナーダは今、石炭を動力とする蒸気船をいち早く実用化しようとしている。 「そのためなの?」とティアーナ。 どこまでティアーナに伝えるべきかと考えるディアス。 今回の政略結婚は背後にセリジアも絡んでいる。 連邦共和国セリジアは、エリュシアの主陸にあり中心とも言える大国。 一つの公国と三つの自治領が合併したのは50年ほど前。 独立を堅守したクルーム首長国はセリジアと微妙な緊張状態が続いているが、ナーダ諸島王国は建国以来、主陸とは敵対せず友好関係を維持してきた。 工業、科学、医学などの先進技術を持つセリジアは、まだ未開発の鉱山もあるだろうと言われているアルヴィスの資源を開放させたがっている。 だが、旧公国や旧自治領との内紛を避けるため軍事は全面撤廃しており、武力侵略せず平和的にどう攻め入るか、その突破口を模索していた。 一方のアルヴィスは、交易市場の開設以降セリジアの影響力が良くも悪くも大きくなりつつあり、開設者である先帝亡き後の神族会議は対処に苦慮している。 属国化を避けたいアルヴィスとしては、なんとかセリジアを牽制しておきたい。 軍事力のあるナーダと繋がることは悪い話ではない。 ガイアスとディアスはそう読んで、次期神帝と王妹との婚姻政策を計略した。 案の定、神族会議の若き長、バルグ卿が応じてきた。 問題はセリジアとの関係だったが、セリジアにとってもナーダの軍事力は、緊張状態にあるクルーム首長国への牽制になっている。 鉱山資源の供給拡大という共通目的を大義名分に、セリジアはナーダとアルヴィスの婚姻政策を黙認した。 今回の婚姻には三つの国の思惑が含まれている。 妹には政治的な重圧は与えたくない、と思うディアス。 ティアーナに背負わせるのは王族としての責務だけで十分だ。 「一番の目的は国交の開始だ  だが国同士の信頼は一朝一夕で築かれるものではない  アルヴィスは千二百年もの間、国を閉ざしてきた  お前が嫁ぐことで、閉ざされた扉は開く  それがこの先への出発点になる」 「出発点・・・  それは、ナーダとアルヴィス両国の未来への出発点となるのね  わかったわ  ありがとう、ディアスお兄様」 ディアスがティアーナの額にチュッと口づける。 うふふ、と肩をすくめて笑うティアーナ。 「子どもの頃、お兄様の謎かけ問題に正解したらご褒美にそうしてくれたわね  でも私、もう子どもじゃなくてよ?」 そう言いながら、ディアスに抱きつく。 「大好きよ ディアスお兄様」 甘えっ子なのは変わっていないな、と優しく妹を抱きしめるディアス。 幼い頃はいつも三人の兄たちの後を追いかけて来た。 乗馬の稽古も剣の訓練も自分から加わってきた。 いつの間にかきょうだいの中で一番勉学熱心になっていた。 そして、王家の一員としてその責務を果たそうとしてる。 ティアーナの目を見つめてディアスが言う。     「お前なら、何があろうと自分を見失うことはない、ティアーナ  兄上も私もそう信じている」 ディアスの言葉にうなずくティアーナ。 「はい、お兄様」 「じゃあ私は仕事に戻る  そうだ、明日新たに配属したお前の教育官が来る」 「教育官?」
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