第一章 ~運命の始まり~

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城内の廊下。e9e08971-1f2b-4869-8103-6bb79f3a00a7 軍服姿のルクィード(28才)が真っ直ぐに前を向いて王の執務室へと歩いて行く。 王の執務室。 ガイアスの前に直立不動で立つルクィード。 「ナーダ王軍大尉ルクィード  本日付で秘警隊訓練教官の任を解き、王女ティアーナの教育官に任命する」 王の任命の言葉に、ルクィードが敬礼する。 「はっ 謹んでお受けいたします!」  うなずくガイアス。 「本来、軍の任命式は玉座の間でやるのだが、秘警隊は極秘機関だ  内々の任命式で了承してくれ」 「承知しています」 ガイアスが一呼吸置いて話し出す。 「それで、だ  大尉、君に頼みがある」 「(頼み? 王が?)」 「まあ、座ってくれ」と、執務机の前の椅子を指す。 「いえ 陛下の前で座るなど」 「かまわん 楽にしてくれ」 ルクィードを座らせて、その向かい側で執務机に腰を預けるガイアス。 椅子に座り背筋をピンとさせて、王の言葉を待つルクィード。 「秘警隊は優れた頭脳と技能を持つ選りすぐりの精鋭部隊だ  その訓練教官であり、女性初の佐官候補である君の名はよく聞いていた」 「恐れ入ります」 ナーダ王軍で女性兵士は珍しい存在ではない。 だが女性の将校で大尉の階級はルクィードだけだ。 「そこで君以外にはいないと考えた」 敢えて前置きをする王に違和感を覚えながらも、微動だせずじっと聞き入るルクィード。 「帝妃付の女官としてティアーナと供にアルヴィスへ行ってくれないか」 「(アルヴィスへ?)」 秘警隊将校のルクィードは、王女とアルヴィスの次期神帝との婚姻政策を極秘に聞いてはいる。 「(護衛としての同行か?)」と一瞬考えるルクィードに、ガイアスが先を続ける。 「異国の者は誰一人として足を踏み入れたことがないというヴァーレで  ティアーナに付くナーダからの人間は君だけだ  君もアルヴィスで一生を過ごすことになる」 その言葉を呑み込むルクィード。  未知の領域で  王女を支え守るのは自分だけ  そして、そこで生涯を全うする 「引き受けてくれるか」 王の “命令” ではなく “頼み” 。 ルクィードがさっと立ち上がり、敬礼する。 「もちろん、喜んでお受けいたします」 即答したルクィードに、驚きを隠せないガイアス。 「躊躇はないのか、大尉」 「そのような重大任務を陛下から直に賜ったのです  ナーダ王軍大尉としてこれ以上の名誉はありません」 ガイアスがルクィードに歩み寄り、握手の手を差し伸べる。 「感謝する」 「陛下」  頭を垂れて王の手を握るルクィード。 その手に、異国へ妹を嫁がせる兄としての王の思いも感じ取る。 ディアスの執務室。 ディアスがルクィードに書面を渡す。 「ティアーナに伝える君の経歴だ  アルヴィスへも同じ内容で書状を送った」 書面の内容を確認するルクィード。 「王立高等学院を首席卒業  国費留学生としてセリジアの首都大学へ  数学と物理学を専攻し、大学院卒業後に帰国  現在はナーダ王府の学究員として閣僚の補佐に従事  了解しました」 「事実、君は王府の職員として軍事開発の補佐もこなしている  相違するのは王立高等学院ではなく王立士官学校を首席で卒業した、  という点だけだ」 「いいえ」とルクィードが訂正する。 「事実は王立高等学院中退後に王立仕官学校に入学、です」 「そうだったな  だから私は一つ上の君と士官学校で同期生になった  名門伯爵家の一人娘が家出同然で入学してきたと、君は話題の的だった」 女子の士官候補生はそれまでに何人もいたが、貴族の令嬢が入学してきたのは、開校以来初めてのことだった。 士官学校への入学に猛反対した両親と大喧嘩になり、ルクィードは勘当された。 「その話は・・・」 決まり悪そうな顔になる。 「ああ、すまない  君には触れてほしくない過去だったな」 ディアスが同期生をからかうような目をする。 「はい・・・(やれやれ)」 「秘警隊の存在を知るのは王府でもごく一部の閣僚だけだ  ティアーナは何も知らない 今後も知らせることはない  君は秘警隊の将校であることだけを伏せてくれればいい」 「承知しました」 ルクィードの目に迷いや疑念はない。 やはり、ルクィードしかいないと再認識するディアス。 「大尉、君の任務は今まで誰も経験したことがないものだ  想像できない過酷な状況もあるだろうが・・・」 珍しくディアスが言いよどむ。 「何か重大な問題でも?」とルクィード。 「いや、ただ、一つだけ言っておくことがある」 「何でしょうか」 「実は、妹は見た目と違ってなかなかやんちゃだ  さすがの君も手を焼くかもしれない」 「なるほど、それはたしかに過酷な任務です」 真顔のルクィードに、ディアスがクスッと笑う。 笑われた理由がわからず「?」のルクィード。 「以上だ、大尉  君から何か質問は?」 「一つ伺いたいことが  ディアス様はアルヴィスを‘’神の国‘’であるとお考えですか」 その質問に、意外そうな顔をするディアス。 「私は無神論者だが、アルヴィスでは神帝と神族は神の末裔とされている  その象徴として青い左手を持つという神帝がいる  そういう意味で ‘’神の国‘’ と称されている、との認識だ  君は? どう考える」 「私も同じ考えです  絵本は子どもの頃に読みましたが、アルヴィスにはまた別のかたちでの  神話本があるかもしれません  それは是非読んでみたいと思っています」 「数学と物理学に秀でた君が神話を?」 それも意外だと思うディアスを察したかのように、ルクィードらしい答えが返ってくる。 「寓話や伝説には創作の基となった何らかの事実があると考えます  その事実が何であったのか解明したいと思うのは、  数式を解く、物的事象を探求する、それらと同じ動機です」 「なるほど  ではその事実にまつわる情報を得られたら、是非報告してくれたまえ」 「はい」 ティアーナの部屋。 一般女性の服装のルクィードがティアーナにおじぎをする。 「ルクィードと申します」 「ティアーナよ よろしくね」 ルクィードの手を両手で握って微笑む。 「(なんとお可愛いらしい   兄君たちが大切になさっていらっしゃるわけだ)  よろしくお願いいたします 王女殿下」 「‘’王女殿下‘’はやめましょう  あなたとはこれからずっと一緒ですもの  ティアーナと名前で呼んでちょうだいね」 「では、ティアーナ様とお呼びいたします」 「ありがとう、ルクィード  それでね、今幾何学の勉強をしているのだけれど  図形の定理でよくわからないところがあるの  教えてもらえる?」  早速机に向かうティアーナとルクィード。  異国で一生を供にすることになる二人の最初の一日が始まった。
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