第一章 ~運命の始まり~

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ヴァーレ 北の低区 ヴェルマイヤの邸 朝。 寝室。 アグネスが朝食の盆を二つを運んで来る。 「おはようございます 朝食をお持ちいたしました」 天蓋付きの寝台で、ヴェルマイヤが気怠そうに裸の上半身を起こす。 「アグネス お前はいつも二人分持って来るけれど  あの人が朝までここにいたことがあった?」 「そういう日があるかもしれませんので」 「ないわよ」  ヴェルマイヤの長い金髪を櫛で梳かし始めるアグネス。 もう二十年以上続けている朝の世話。 「いとこ同士のご結婚は違法ではありませんよ」 「結婚? そんな気は私もあの人もないわよ」 「ずっとお一人でいらっしゃるおつもりですか」 「一人の何がいけないって言うの  私は最初からずっと一人だったわ」 “ずっと一人だった” その言葉に、幼かった頃のヴェルマイヤを思い出すアグネス。 『お母さま! 見て!  上手に描けたって侍女たちがほめてくれたの  ほら、これがお母さま、わたし、そしてお父さま』 『うるさいわね・・・』 『お母さま?』 『アグネス! この子を連れて行って!』 『お母さま・・・』 『うるさいって言っているでしょ!』 扉が開いて掃除用具を持ったエリン(16歳)が入って来る。 「何ですか! いきなり入って来るなんて!」 アグネスに怒鳴られて、狼狽えるエリン。 「あ、あの・・・床のお掃除をするように言われて」 「お部屋をお使いの時は入ってはいけないと教えたでしょう!」 「す、すみません、あたし・・・」 泣きそうになる。 アグネスが慌ててヴェルマイヤに取り繕う。 「申し訳ございません 皇女様  入ったばかりの見習いでして」 「見習い?  ああ、救護院出ね  まったく、お父様も妙な制度をつくったものだわ  わざわざ孤児をヴァーレの使用人にして、学校まで行かせるなんて」 エリンには目もくれずに、寝台で朝食を食べ始めるヴェルマイヤ。 ヴァーレには先帝が制定した見習い制度がある。 職業の多くが世襲制であるアルヴィスで、親のいない子どもたちが定職につけず貧困化しないよう、十六歳以上の孤児を見習い使用人としてヴァーレで雇い、高等教育も受けられるよう外区に学苑も創設されている。 「エリン!  いいからさっさと下がりなさい!」 どうしていいのかわからず部屋の隅に突っ立ているエリンをアグネスが𠮟りつける。 「‘’エリン‘’?」 寝台のヴェルマイヤがエリンに目を向ける。 ヴェルマイヤの反応に、はっとするアグネス。 「待ちなさい  こっちへ来て顔をお見せ」 エリンがおずおずと寝台に近寄る。 「ふぅん・・・  年はいくつなの?」 「・・・十六です」 「脱ぎなさい」 「え?」 「着ているものを脱いで身体を見せなさいと言っているのよ」 「でも、あの・・・」  助けを求めるようにアグネスを見るが、 「皇女様のご命令ですよ おっしゃる通りになさい」と言われる。 泣きそうになりながら服を脱ぐエリンに、 「全部脱ぐのよ」 威圧的なヴェルマイヤの声と視線。 全裸のエリンを品定めするように眺めるヴェルマイヤ。 「そうね、この子を私の専用小間使いにするわ」 「皇女様?!」 驚くアグネス。 「アグネス ちゃんと躾けるのよ」 「は、はい かしこまりました」 何が何やらわからず、脱いだ服を抱えて呆然としているエリン。
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