第一章 ~運命の始まり~

1/10
前へ
/62ページ
次へ

第一章 ~運命の始まり~

絵本・エリュシア神話a5a71e5f-49af-42a0-92d7-44c59d5b67a6     遠い遠い昔 青き左手を持つ神がいました 神はその左手で大地をつくりました 神の左手は大地に恵みを与え、人々を豊かにしました 人々は神を敬い、一つの大地で平和に暮らしていました 時が経ち、いつしか人々は神を敬う心を忘れ、 互いに争うようになりました 力と富のある者が大地の支配を欲するようになったのです その支配者たちが争いを繰り返し、 大地はすっかり荒廃してしまいました 神は嘆き悲しみました その悲しみは大きな怒りとなり、 神は青き左手で(いかづち)を放ち大地を砕いたのです 3d4f60c1-6a4d-4071-ac63-28b5e66ca410「ねえ、お母さま  どうして神さまは大地をくだいたの?  せっかくつくった世界なのに  どうして?」 「神は世界を壊そうとしたのではないわ  新たな未来をおつくりになったのよ」 「あらたな、みらい?」 「いつかわかるようになるわ  あなたがもう少し大きくなったら  きっと、ね」 エリュシア神暦 1186年 アルヴィス神国 北方山岳地帯の農村。 畑仕事をする男たち。 井戸端でおしゃべりをする女たち。 追いかけっこをする子供たち。 軒下で日向ぼっこをする老人たち。 のどかな風景だ。 突然、空が真っ暗になる。 と、同時に空を引き裂くような青い雷光と凄まじい地響き。0f4d8423-9d2e-4224-b709-53790fe02a1c 悲鳴を上げる者、 地面にしゃがみ込む者、 泣き叫ぶ子供を抱えて家の中へと走る者、 のどかだった風景が一変する。 呆然とした老人がつぶやく。 「あれは・・・ 神の怒りか・・・・」 12年後・現在 エリュシア神歴 1198年 ナーダ諸島王国 海岸の断崖にそびえ立つ黒い石造りの王城。 8172afb1-36a5-4a0f-aa90-3363b58e1cf2 城内の図書室。 壁一面、天井までの本棚。 ティアーナ(17歳)が梯子に上って本を探している。 31bf76c8-d3a2-41b6-9d1b-a652087085f2 世話係のネリィ(48歳)がやって来る。 「やはり、またこちらでしたか  王女様」 本探しに夢中のティアーナ。 ネリィがもう一度呼ぶ。 「ティアーナ王女様!」 「ネリィ、じゃましないで 世界史の中世期の資料が、たしかこのへんに・・・」 「王陛下がお呼びですよ」 「ガイアスお兄様が?」 本探しの手を止める。 「何のご用かしら あ! 来月の私の誕生祝会のことね」 「とにかく、すぐに王陛下の私室へいらして下さいとのことです」 「はいはい」 軽々と梯子から飛び降りる。 「王女様っ!!」 叫んで、そして深々と溜息をつくネリィ。 「はあ~・・・もうじき十八歳になられるのに まだそのような幼子じみたお振る舞いを お生まれになった時からお世話をさせていただいておりますが お母上の前女王陛下が"子供は元気が一番!"と仰せになられ 私もそのお言葉に従ってはまいりましたけれど」 いつもの小言に「(また始まった🙄)」と思うティアーナ。 「王女様と同い年のお従姉妹クリスティーナ姫は先月ご結婚されたというのに」 「(あ、その話が加わってしまった😅) クリスティーナには相思相愛の許嫁(いいなずけ)がいたのよ? 私とは違うわ」 「王女様もそういうお年頃だということです! のん気になさっていると、あっという間にお年頃を過ぎてしまいますよ!」 ティアーナがクスクス笑う。 「ネリィ、それは実感?」 「ええ、実感で・・・って、  王女様?!」 「心配しなくても大丈夫よ、ネリィ 私にその気がなくても、いずれ国が私の嫁ぎ先を決めるわ」 その言葉に、はっとするネリィ。 ナーダ王家は自由奔放な教育方針の一方で、王族としての義務と責任を幼い頃から厳しく叩き込まれる。 ティアーナも三人の兄王子たちと変わりなく、その環境で育った。 "お年頃"になっても、王女という立場では自由な恋愛や結婚は許されない。 生れながらに王族としての責務を背負っているティアーナを思うと、ネリィはいつも切ない気持ちになる。 「王女様・・・」 ティアーナ本人はそんな重責など感じていないかのように、 「お兄様のところへ行ってくるわね」と元気に小走りで出て行く。 城内の階段をリズム良く駆け下りていくティアーナ。 「ごきげんよう、王女様」 すれ違う使用人が親しげに挨拶する。 ティアーナも「ごきげんよう」と笑顔で応える。 ナーダ王家の末っ子王女は王城の人気者。 小柄で愛くるしいティアーナの笑顔に誰もが顔をほころばせる。 王の私室。 扉の前でドレスの裾と呼吸を整えてから中へ入るティアーナ。 思いがけず、母・ダフィーネ(52歳)がいる。 「お母さま?!」 駆け寄って手を取る。 前女王であるダフィーネは、体調不良から5年前に王位を退き、今は諸島の小島で静養生活を送っている。 「ご静養先から戻られたのですか」 「今朝、急にガイアスから連絡があって呼ばれたのよ」 「お母様も?」 扉が開いて、ガイアス(29歳)が大きな歩調で入って来る。 ティアーナが礼儀正しくおじぎをする。 「ごきげんよう、陛下」 「ティアーナ ここは私室だ 堅苦しい作法はいらん」 上着を脱ぎ首元のボタンを外して一息つくガイアス。 ティアーナに椅子に座るよう促し、控えている侍従に下がるよう命じる。 「しばらくは誰も入れるな」 人払いをするのは何か内密の話があるということ。 「私の誕生祝会のお話ではないのですか?」 「まあ、そのこともあるが、そのことではない」 意味ありげなガイアスの言い方に、ティアーナが小首を傾げる。 「何ですの? まるで子どもの頃にやった謎かけ遊びみたいね」 「謎かけ遊びか ディアスが得意だったな あいつ、ひねくれたことを考えるのが上手いからな」 「ガイアス あなたは忙しい身 無駄話はせず要件を話してちょうだい」 ダフィーネがピシャリと言う。 "女傑"と言われた前女王の母は今でも手厳しい。 ガイアスがティアーナと向き合って座る。 「ティアーナ お前の結婚が決まった」 きょとんとするティアーナ。 「結婚?」 ダフィーネは予測していたのか、表情を変えない。 ティアーナは話が呑み込めず、大きな黒い瞳をぱちくりさせている。 「いったい何のお話? 結婚が決まった? 私の?!」 「来月のお前の誕生祝会で正式に公表する 婚礼は六の月だ」 「六の月?! 三か月後?! 待って、お兄様 私はそのようなお話は何も聞いていないわ なのに、いきなり言われても・・・」 「ティアーナ」  ダフィーネがティアーナを制するように見る。 「こういう日が来ることは、わかっていたでしょう」 「お母様・・・」 そう、わかっていた いつかこういう日が来ると でも、そのが、今日だなんて・・・ ダフィーネがそっと娘の手を握る。 母の手が「落ち着きなさい」と言っている。 深呼吸をするティアーナ。 姿勢を正してガイアスと向き合う。 「わかりました 私は三か月後にどなたと結婚するのですか」 「アルヴィスの次期神帝だ」 「アルヴィス? 神の国と言われている?」 また目をぱちくりさせるティアーナ。 「神はその左手で大地をつくりました 神の左手は大地に恵みを与え、人々を豊かにしました」 母が口にしたエリュシア神話の一説に、ティアーナが懐かしそうに微笑む。 「お母様がよく読んでくれた神話の絵本、大好きだったわ 神様は青き左手で(いかづち)を放った ナーダの島々はその時に砕かれた大地のかけらだ、と」 エリュシアの世界には一つの主陸と数百の島がある。 小島の大部分は無人島だが、東方の海に連なる列島がナーダ諸島王国だ。 <エリュシア 世界概図>6742d6b1-3af6-4d97-beb2-1e0ec0f1b676 「アルヴィス神国 千二百年の歴史を持つエリュシア最古の国 いつの時代からなのか定かではないが、 異国とは一切国交せず国を閉ざし続けてきた しかし、今から二十年前の神暦1178年、 隣接する連邦共和国セリジアとの国境に、物資流通拠点となる交易市場を開設した だが、アルヴィス本国への異国人の入国は未だ規制されている」 世界史の教科書はほぼ暗記しているティアーナ。 でも、と疑問が沸く。 「そのような国が異国との婚姻を?」 「千二百年の閉ざされた歴史をぶち破ったのが先帝のラウル帝だ かなり革新的な考えを持つ方だったようですね、母上」 ダフィーネがうなずく。 「セリジアの外相を通して何度が書簡のやり取りはしました」 「母上も在任中、アルヴィスとの婚姻を進めようとなさった」 ティアーナが「そうだったのですか?!」とダフィーネを見る。 「当時は世継ぎの息子がいるとは知らなかった 私が内々に打診したのは先帝の皇女と第二王子ディアスとの婚姻 でもラウル帝が早逝して神帝不在となった神族会議の動向が読めず、 婚姻政策は見送ることにしたのよ」 「神族会議?」とティアーナが問いかける。 教科書には書かれていないことを前女王と現国王は知っているようだ。 ガイアスがティアーナの問いかけに答える。 「代々の神帝につながる血族を"神族"という その神族たちが中枢となる行政機関が神族会議だ アルヴィスの都、神都には広大な森があり、 その中に宮殿があるそうだ 総称して"ヴァーレ"と呼ばれている」 「森に囲まれたヴァーレ・・・」 なんとも神秘的な響きを感じるティアーナ。 ダフィーネが事務的な口調でガイアスに訊ねる。 「先方との交渉はどなたと」 「神族会議の長、バルグ卿 先々帝の直系で、先帝の甥にあたる 今回の婚姻にかなり積極的です 次期神帝の即位までは彼が神帝代理となっているようです」 「即位はいつなの」 「次期神帝が19才になる五の月」 そのやり取りを聞きながらまた疑問が沸くティアーナ。 「直系なら、なぜその方が帝位を継いでいないのですか それに、姉上の皇女がいらっしゃるのでしょう? 我が国と違ってアルヴィスには女性に継承権はないのですか」 その疑問にはダフィーネが答える。 「性別は関係ないのよ 第一子である必要もないわ」 「おそらく庶子でも継承対象だ」とガイアス。 ナーダ諸島王国には、性別問わず第一子の嫡出子を第一継承者とする王位継承法がある。 でもアルヴィスは、性別も出生順位も関係なく、嫡出子でなくてもいい? 疑問が解けないティアーナ。 「では、どういう方が神帝となるのですか?」 ダフィーネがもう一度答える。 「青き左手を持つ者」 「青き左手? えっ?! 神話の神様と同じ?」 ティアーナの目が大きく見開く。 ガイアスがティアーナの黒い瞳を見て告げる。 「そうだ お前の夫となるのは神の左手を持つ男だ」 アルヴィス神国 ヴァーレの森 その深い緑に囲まれた湖。e96983cc-4955-4bf9-9bd9-3a4f32e365cf 湖面に浮かぶ一艘の小舟。 白いマントのフードを目深かに被ったシグル(18歳)が小舟で釣りをしている。 左手には黒い皮手袋。 湖岸から声がする。 「シグルさまーーー」 全く聞こえてないかのように無反応のシグル。 声が大きくなる。 「シグルさまあーーーっ!」 小舟のシグルは無反応のまま。 湖岸の桟橋から呼んでいるオーガ(19歳)がさらに声を張り上げる。 「シグルさまあああっ!!!」 シグルがやっと顔を上げる。 66b54fe3-4cc5-421e-bb06-38ccd99d1348 「皇女様のお邸へすぐにいらしてくださいとのことでーす!」 溜息をつくシグル。 湖岸の桟橋に小舟を付けて、シグルが降りて来る。 見慣れない顔のオーガに訝し気な目を向ける。 「・・・お前は?」 「新入りの森番見習い、オーガです」 「何度も呼ぶな」 「聞こえていらっしゃらないのかと思って」 「聞こえている」 素っ気なくその場を立ち去るシグル。 その後ろ姿をじっと目で追うオーガ。 森の中。 森番の親子、ロド(48歳)とニキ(22歳)が樹木の手入れをしている。 湖から戻って来たオーガに、ロドが声をかける。 「ご苦労だったな やっぱり湖にいらしたか?」 「はい でも"お前は?"って怪しそうに言われました」 ニキがびっくりする。 「話したのか?!」 「お言葉をかけてくださるとは、そりゃ珍しいな」 ロドも意外そう。 オーガが首をひねる。 「お言葉? そんなありがたい感じじゃなかったけど」 「何言ってんだ オレなんか一度もお声すら聞いたことないぞ」 森をぶらつく次期神帝に館からの呼び出しがあると、探しに行くのはニキの役目だったが、新入りのオーガがその役目を買って出た。 「次期神帝様は誰ともまともに話さないって、ほんとなのか?」 「お館の使用人はみんなそう言ってるよ  なあ? 親父」 噂話はけっしてしないロド。でも昔話は時々口にする。 「お父上の先帝様はワシらにもようお声をかけてくださったがな」 作業をしながら何気なさそうに「へえ・・・」と相槌を返すオーガ。 ヴァーレ 邸区 ヴェルマイヤの邸。 侍女のアグネス(46歳)が扉を開けてシグルを迎える。 「皇女様がお待ちです」 長椅子にもたれてお茶を飲んでいるヴェルマイヤ(24歳)。 「待っていたわよ お茶はどう?」 戸口に立ったまま動かないシグル。 「・・・・」無言。 「あなたが私の誘いに応じるのは三度に一度? いえ五度に一度かしら? もっと一緒に過ごす時間を持ちたいと思っているのに あなたは一日中森にいるか、東館の私室にこもっているか 二人きりの姉弟なのに、寂しいわ」 返事をしないシグルに、かまわず話し続けるヴェルマイヤ。 「今日は大事な話があるの 本当は神族会議から伝えるのが筋だけれど、 あなたは出席したがらないし それで姉の私から伝えるのがいいだろうと、バルグ卿が」 ちらっと隣室の扉に目を向ける。 「話というのは、あなたの結婚のことなの」 「(結婚?)」 無表情だったシグルが眉をひそめてヴェルマイヤを見る。 「即位礼の翌月にあなたはナーダ諸島王国の王女と結婚するのよ」 「?!」シグルの顔が驚きの表情に変わる。 「バルグ卿が何やら画策していると思っていたけれど まさか異国との婚姻だなんて、私も驚いたわ」 「勝手に・・・」  言い返そうとしたシグルの言葉を跳ねつけるヴェルマイヤ。 「勝手に決めた?  そう言いたいの? 逆よ あなたが勝手に決めることはできないのよ 政略結婚は神帝となるあなたの義務よ、シグル」 「・・・望んで神帝になるわけじゃない」 つぶやくように言ったシグルに、ヴェルマイヤが大袈裟な呆れ顔をして見せる。 「何を子どもじみたことを言っているの その左手を持って生まれたあなたが神帝になる そうでしょう?」 「・・・・・」 黙り込むシグル。 「ああ・・・シグル 何も心配はいらないわ 後はバルグ卿と神族会議に任せておけばいいのよ わかったわね?」 ヴェルマイヤの優し気なつくり声。 無言で出て行くシグル。 ヴェルマイヤがイラついた溜息をつく。 「しょうがない子ね! アグネス! お茶が冷めたわ!」 「はい すぐに代わりを」 隣室の扉が開いて、中からバルグ(27歳)が出て来る。 「俺にはいつもの酒を」 「かしこまりました 議長様」 バルグがヴェルマイヤの隣に座る。 「弟君(おとうとぎみ)は相変わらず姉上に不愛想だな」 「あの子は誰に対してもそうよ  ヴァーレに来た時からずっとね」 「十二年前、北の山岳地帯の古代遺跡付近に巨大な落雷があった後、その被災地から守衛隊に助け出された子どもが次期神帝だったとは 未だ釈然としないが」 「またその話? あの子の母親とお父様のことはヴァーレ中が知っていたわよ お父様は何のためらいもなくあの子を次期神帝と承認したじゃないの」 吐き捨てるように言う。 「ところで、俺が何を画策していると? ナーダとの婚姻の話は以前にもあったことだ」 「私は政略結婚なんかまっぴらよ  ましてや異国の者とだなんて」 「弟にその役目が代わって良かったな」 バルグの皮肉をヴェルマイヤが「ふん」と受け流す。 「ナーダ王家の末娘 ナーダからの紹介文によると黒髪の可愛らしい王女だそうだ」 「黒髪ですって?!」 ヴェルマイヤが手入れの行き届いた眉を吊り上げる。 白色人種のみのアルヴィスは、一般の民も髪の色は金髪か極薄い茶色だけ。 中でも神族の血統は輝くような金髪が特徴だ。 「ナーダは多民族国家だ 髪の色も目の色も多種多様なのは当然だろ」 「異民族の血を神族に入れるつもり?!」 いきり立つヴェルマイヤに半ば呆れるバルグ。 「おい? 何を今さら言っている この婚姻にはお前も賛成していたじゃないか」 「黒髪だなんて、知らなかったわよ!」 これ以上機嫌が悪くなるとヴェルマイヤは手に負えなくなる。 「ならさっさとシグルに適当な女を当てがっておけばいい どうせかたちだけの結婚だ こちらとしても当分はナーダと蜜月状態になるつもりはない」 「そう・・・ね」 深紅の口紅を塗ったヴェルマイヤの口元に笑みが浮かぶ。 バルグが「ご機嫌は治りましたか、皇女」と、ヴェルマイヤの顔を覗き込む。 アグネスがお茶と酒を運んで来る。 かまわずに濃厚な口づけを交わしているバルグとヴェルマイヤ。 ヴァーレ 東館 シグルの部屋。 小さな水槽の中を泳ぐ淡水魚をじっと見つめているシグル。 侍従のトゥライド(43歳)が 「シグル様 即位礼のお装束の試着をしていただきたいと、 仕立て係の者が申しておりますが」と伝える。 シグルは返事をしない。 「シグル様?」 「任せる」 それだけ言ってバルコニーへ出て行く。 夕暮れの空をぼんやりと眺める。 『その左手を持って生まれたあなたが神帝になる  そうでしょう?』 黒い皮手袋に覆われた左手を見る。4c92ccd4-d772-47fd-9742-0d22a6844415 そこにあるものを握り潰すかのように、ぎゅっと拳を握り締めるシグル。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加