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謝ることさえ受け入れて貰えず、あの夜からずっと清とはまともに会話をしていない。
父親は呑気に、喧嘩でもしたのかと笑い、早く仲直りしろよと、清の頭を撫でていた。
後悔と行き場のない熱で気が狂いそうでも、一守の毎日は淡々と過ぎて行く。
ある日、急いで学校から帰宅すると、一人で留守番していたはずの清がいない。父が漆の仕事で外出する日は、寂しくないよう一守は何をおいても飛んで帰ってくる。
父のいない二人っきりの今日、清にもう一度謝ろうと心に決めていた。なのに、当の本人の姿はなく、焦りだけが込み上がって来る。
「清、どこへ行った……」
畑へと行ってみたが、そこにも清の姿はない。裏山に山菜を取りにでも行ったのかと、足を運んでみたがそこにも見当たらなかった。
清……、俺が悪かったよ……。
心の中で呪文のように何度も繰り返し、自分をとことん責めて探し回った。
裏山の帰り道、ふと嫌な予感がし、畑まで戻ると、神社から帰ってくる清を見つけた。
隣で寄り添い笑う、杢代の姿も一緒に。
「やあ、一守君、おかえり。学校は終わったのかな」
白衣に紫の袴姿の杢代が、笑顔で手をひらひらとさせている。その横には一守から顔を背けている清がいた。
「あ……はい。宮司……さん。今日は、清と何を——」
声が詰まって上手く喋れない。頭の中ではたくさんの言葉が渦巻いているのに。
二人で何をしていた。その体に触らせてないだろうな——なんて、自分のしたことを棚に上げて、嫉妬もいいとこだ。
「今日は雪藤さんが留守だって言うから、清君が一人だろうと思って、神社で読み書きを教えてたんだよ」
「読み書き——。そう……ですか。すいません、宮司さんもお忙しいのに……」
心とは裏腹の言葉で体裁を繕い、一守が大袈裟なほど頭を深く下げた。
「いいんだよ、私が好きでやってるんだから。ね、清」
清? 今、清って名前を呼び捨てにした?
親しみが込められた呼び方を宣戦布告と勝手に受け止めた一守は、つい、憤懣な表情を杢代に曝けてしまった。醜い感情を知られるまいと、咄嗟に顔を隠そうと俯くと「お兄さん帰ってきたから帰るよ」と、杢代の声が聞こえた。
やっと二人になれる、そう思ってパッと顔を上げると、目に飛び込んできたのは、清の肩をなぞるように触っている杢代だった。
ただの仕草が淫靡に見えたのは、自分の中に竦む邪な獣のせいかもしれない。
ままならない感情が嫉妬に染まり、目に映るもの全てを歪んで見せてくる。
「ありがとう、宮司さん。勉強も、家まで送ってくれたのも」
満月のような優しい微笑みを、悔しくも自分ではなく、清は杢代に向けていた。
後悔と悔しさで打ちのめされた一守は、二人が来週の約束を交わすことも聞かず、先に家に入ると、台所で夕食の支度を始めた。
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