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「飲み会するけど、お前ら参加するよな」  大学のカフェで昼食をとっていた千春と仙太郎は、浅薄な声をかけてきた下前(しもまえ)を辟易した顔で見上げた。 「ったくお前は。いきなり来て何を言うかと思ったら。ほんと飽きないなぁ。ってか、何で参加って決めつけるんだ。なあ千春」  あんぱんを頬張る仙太郎が、呆れた顔で千春へ同意を求めてきた。 「何を言っている。俺が企画する飲み会は、出会い率が良いって評判なんだぞ。なのにお前らは全然参加しないし」 「それって合コンだろ? 飲み会って言うなよな」  呆れ顔で仙太郎に言われても、下前は顔の前で人差し指を振り子のように翳し、仙太郎と千春を見据えてきた。 「これは飲み会──いや、親睦会だ。合コンなんて軽薄な単語を使うんじゃない。それに俺は、世の中の寂しい男女のために活動してるんだからさ」  銀縁のフレームをクイっと人差し指で上げると、こぶしを作った右手を上に掲げ、下前が鼻の穴を膨らまして息巻いた。 「おー、凄い、さすが下前」  ぱちぱちと賞賛の拍手を送っていると、千春はペチンと後頭部を仙太郎に叩かれた。 「千春、くだらないことに乗っかるな」  あんぱんを嚥下した仙太郎が、下前を下からひと睨みしている。 「失敬な君たちは、飲み会に参加——と」 「だから勝手に参加にするな、俺はシフト確認してからだ。千春もそうだろ?」  千春はスマホを取り出すと、シフトを確認し、バイトないなぁ……と小さく呟いた。  千春の呟きを肯定と捉えた下前が、二名様参加ーと、声高々に叫んだ。 「おい、俺らまだ返事してな——」 「久々なんだし付き合えよ。じゃ、金曜にな。あ、会費は三千五百円、飲みほ付きー」  捨て台詞のように吐くと、下前は逃げるようにカフェを出て行ってしまった。 「あいつ強引に決めやがって。まぁ、暇だし久々に乗っかてやるか。な、千春」  両腕をテーブルに乗せて、頬杖を付いた千春は、「だね」と微笑んでみせた。 「……お前な。その仕草に天使のような笑顔は何だ。そんな顔、男もありか? みたいな奴らには見せんなよ」 「て、天使って——。何言ってんだよ」 「前々から言おうと思ってたけど、お前のその、長いフサフサ睫毛や、潤んだ眼差しは危険だ。勘違するやつがいるかもしれないってことだ」  親友の注意喚起に千春は、考えすぎだとカラカラと笑った。 「ったく、分かってんのか?」  説教口調でカフェを出ていく仙太郎の背中に、「分かってるよ」と千春は呟いた。  仙太郎が過保護な父親のように心配する理由を、千春はちゃんと分かっている。  仙太郎と別れて隣の教室の席に着いた千春は、過去の醜態を思い巡らせていた。  ただひたすら葵留に恋し、ずっと側にいてくれるものだと信じていた人。  けれどそうじゃなかったと知って、自分勝手な感情をぶつけてしまった。その時に見た、悲しげに笑う葵留の顔を今でも忘れない。窪んだエクボまで鮮明に覚えている。  葵留の気持ちを推し量ることもせず、話も聞かないでその場から逃げた。それが最後になった現実を受け止められず、千春は学校へ行くことも出来なくなってしまった。  後悔と悲しみと自己嫌悪で、食べることも眠ることも出来ず、ベッドに引きこもった。  そんな千春を見かねた仙太郎が、半ば強引に家に泊まりに来ると、顔を見るなり課題のプリントを突き付けられた。無理やりペンを握らされ、それを何日も繰り返し、強制的に勉強を強いられた。食べることも拒絶し、痩せた千春を前に、仙太郎は部屋に鉄板を持ち込んで、いきなり肉を焼き出したこともあった。食欲をそそる匂いに千春の胃袋は降参し、肉を口に含んだ時には、悲しくても腹が減ることに涙を流した。食事の後、消臭スプレーを手にした仙太郎を見て、また涙が溢れた。  眠れない夜は、二人で明け方までゲームをした。翌日、普通に学校へ行った仙太郎は寝不足で、授業どころではなかったかもしれない。  仙太郎に叱責や励ましをもらい、千春は日常を取り戻せたのだ。男同士の恋愛の末路を知っても、態度が変わらない親友に心底救われた高校生活。  大好きな人を失い、ボロボロになった千春が立ち直ったのは仙太郎のおかげだった。
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