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3rd:アウトロ
「ふわぁ〜」って隣からわざとらしい欠伸が仕返しされる。
緩いウェーブが掛かる青銀髪を一つに結び、長身に洒落っ気のない黒のロングTシャツにジーンズを着ただけのアーティストは、僕の頬から指を離すと眼鏡の奥で目を細めていた。
『もしかして、隣の部屋で俺の歌を歌ってくれてたのって、君?』
『え、あっ、Rainの歌声は好きで、だから……あの……音痴な僕が歌ってごめんなさい』
『何で謝るのさ。 ……俺、音楽を辞めようと思ってたんだ。けど、君の歌声が止めてくれた』
3年前にカラオケで出会った彼と僕は、歌声が導いて、そのまま"友達"になった。
歌が嫌いだと話した彼と歌が好きな僕、歌声が美麗な彼と音痴な僕。
アンラッキー側にいた僕達が、好きなことイコール得意なことに繋がる糸口を探り当てられたのは、互いの歌が導き合った結果だった。
歌うことで手繰り寄せたのは"現在"。
「寝させないよ、駆。今日が終わる前にハッピーバースデーの歌を俺にプレゼントしてくれるんでしょ? ボイトレの成果を見せてよ。あと2分で誕生日は終わる」
「Rainがライブを長引かせるから悪いんだよ……。僕は まだ客席にいたいのに、ステージから降りて来て無理やりマイクを投げ渡すなんて。サプライズは酷い」
彼の歌は初めからずっと密やかだった。
楽曲は沢山あるのに、他のアーティストと被り合って埋もれてしまっているのが大半。商業目的の歌を歌うのが嫌いーー隠した本音は、音楽から外れていた。
カラオケに入っている選曲リストは、以前も今も彼自身が作詞作曲を手掛けた一曲だけ。
憧れているアーティストが歌うその特別を、僕は今さっき大勢の人が囲むステージで歌った。僕の手を掴んで引っ張り上げた彼が、耳元で「ヘルプ」と言った。外れてしまいそうになる気持ちに助けを求めていた。
今でも歌を歌うことは好き。
それでも音痴は嫌い。
カラオケの時を思い出すライブでの無茶振りは、イントロからAメロ、Bメロからサビに続いても離席する人は誰一人もいなかった。外れ掛ける僕の歌声を、隣にいる彼が付かず離れずリードしてくれたからだ。
歌い終えたとき、僕と彼は笑顔を重ね合わせた。
「カラオケで出会ってから3年になるよ。いい加減、プライベートの時はアーティスト名じゃなくて零って呼んで。それに、友達になれたのも誕生日が一緒なのもサプライズだ。 "壁越し"じゃなく"壁を越えて"一緒に歌いたいのは当然で、酷くない」
「……。」
返事を待たず、零が鼻歌で奏でたメロディーは"ハッピーバースデー"の前奏。返す言葉なんて見つからない。スゥッと息を吸い込んで歌詞を曲に乗せた。
時刻は23時59分。
駅員によるアナウンスから間も無くして、終電が近付く音と迫り来る風がプラットホームに滑り込んだ。
「誕生日おめでとう、零。僕の歌はどうだった?」
「最高だよ」
練習の成果は上々?
どうにかブレず外さず渡せたプレゼントに零は口元を綻ばせると、綺麗な歌声で新しい曲を口遊む。
「駆も誕生日おめでとう。俺も歌うよ」
「うん」
ーー流行りのJ-POPとは違う独特なミディアムバラード!
ややアップテンポで流れる歌詞は青春。今度は僕が目元も口元も緩ませる番だった。
時計はいつの間にか日を跨いでいた。
軽やかなリズムを刻んで、次なる明日に向かって進んでいる。(終)
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