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2nd:間奏
* * *
バラバラに出て行った友達が揃って部屋に戻って来るのと交代で部屋を出た。
隣室のドアの前で数秒だけ立ち止まる。
薄い壁は僕の音痴な歌声も貫通したに違いない。ドアの中の人とは選曲は同じなのに歌声は天と地ほどの差……どう受け止められたことだろう。
悲観的に考えていると部屋の中から声がした。音漏れではなく、ドアが少しだけ開いていたみたいだ。
「マネージャー? 俺、音楽辞めるって暴言吐いて逃げ出したけど……取り消したい。うん、わかってる、もう二度と逃げない。子供っぽい我が儘は捨てるから」
誰かと通話中?
盗み聴きはマナー違反だ。慌てて立ち去ろうとしたが次の言葉で動けなくなった。
「たまたま入ったカラオケで、俺の歌を歌ってくれてる人がいたんだ。音漏れで途切れ途切れだったけど壁の向こうにいる誰かが歌ってくれてるのが聴こえてさ……すげぇ嬉しくて」
言葉が感情に揺れている。
さっきまでの澄んで透き通るような歌声はなりを潜めていた。そこに現れた地声は、どことなく僕の声と似たり寄ったり。
「売り物にされるだけの声や、流行りの曲ばかり歌わされる音楽は……やっぱり好きになれない。だけど、勝手に『停止』するのはやめようって今更だけど思ったんだ。壁越しの誰かに"大丈夫だから歌いなよ"て、ガイドボーカルしてもらった気がしてさ」
音痴な僕の歌がガイドボーカル?
それにさっき俺の歌をって。
ドア越しに居る人は……まさか本物の!?
カァァッと耳まで熱くなってしゃがみ込んだとき、「おーい、駆!」名倉くんが心配したのか部屋から飛び出して来た。
ーーパタンッ!
その勢いで尻餅、背中がドンッと当たって半開きだった隣室のドアが音を立てて閉まる。
ドアの向こうで微かに人の動く気配がした。
ドキッと心音が跳ね上がり、再び開いたドアに恐々と顔を向けた。
* * *
緑、青、黄、赤。
何番線まであるんだっけ? と意識も薄い都会のプラットホームに立つと、色鉛筆みたいに電車が揃っては人々を乗せて発車する。
終電も近い夜遅くだというのに大都市は寝る気配を見せない。行き交う人々の想いや熱が居残るからだろう。
好きな歌で、嫌いな音痴で。
僕も想いや熱を抱え込んでいる。
今夜は、とびきり恥ずかしい体験と夢みたいな興奮をした後だった。
「ふぁぁ…ッッて痛ぁぁぁ!!」
眠気に逆らえず大きな欠伸をすると、頬をギューッとつねられた。
僕の頬をつねる細長い指には無骨なシルバーリング。数時間前まではライブのステージ上で煌めいていたそれは、深夜を照らすホームの灯りを控えめに反射していた。
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