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1st:イントロ
好きなことイコール得意なこと。そんなラッキーの中で生きている人ってどのくらいいるものかな。大多数がそちら側だとしても、僕はアンラッキー側だ。
小さな頃から好きだったのは歌うこと。
小さな頃から嫌いだったのは音痴だったこと。
家では親兄弟が居ない間に曲を流して歌ったり、外では人気のない土手なんかでイヤホンをしながら歌を口遊んだりもした。
「駆ぅぅ〜!次はお前の番なぁ。ほれ、マイク!!」
ーー!!!
いつも密やかに。好きだから隠れて歌う、音痴は嫌いだから秘密……を通してた筈のにおかしい。
友達に連れ込まれたカラオケで僕の密やかは簡単にひびが入ってしまった。
「順番飛ばしてって。名倉くん、僕は"聴き専"だって最初からそう言ってたでしょ?」
「やーだ。駆の好きな曲入れた! 歌って歌って〜」
無理やりマイクを持たされて、流れる曲はマイナーだけど僕の好きなアーティストのラブソングだ。それは選曲リストに一曲だけ入っていた特別。デンモクに載るリストをトップ画面に戻してなかったので、名倉くんはそのまま転送したのだろう。
優しいメロディーの前奏は8秒。"歌わない"という選択肢は"歌いたい"に傾倒してしまうのも8秒。
僕は息を吸い込んでマイクをギュッと握った。
「あーごめん……ちょっと外に」
「すぐ戻ってくるから!」
歌い始めて間も無く、間奏のタイミングでトイレだのドリンクバーだのと1人2人……友達は連れ立って退室していった。取り残された紅一点の花田さんも、居心地悪そうにスマホに目を落としている。
ーー音痴がバレると公開処刑? 最悪な気分だ。
まだ曲は終わらない。
歌が好きな気持ちも終わらない。
音痴が嫌いな気持ちだけが終わりを求める。
「……。」
マイクに声を吹き込むのを止めた。
点滅する色とりどりのライトが飛び散る中、『停止』の文字を探して指は彷徨った。
〜♪〜♪〜♪
その隙を狙ったかのように、音漏れ。
壁が薄いのか、防音が弱いのか、白い壁の向こうから僕の好きなアーティストによく似た歌声がこちら側に響いて来る。
「これって偶然!? 隣の部屋の人も駆くんと同じ曲を歌ってるみたいだよ? 綺麗な声と良い曲だね!」
花田さんが嬉しそうにはしゃいだ。
「……うん。憧れている声と、好きな歌だ」
『停止』を押そうとした指はマイクに戻っていた。
壁越しで歌う誰かに"大丈夫だから歌いなよ"って、ガイドボーカルをしてもらっているような気がしたから。
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