ヌワラエリアに恋をして<紅茶物語>

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 焼いた食パンにマーガリンを塗って手作りの桃のジャムを乗せる。今日の紅茶はヌワラエリアだ。沸かしたてで酸素をたっぷり含んだお湯を紅茶ポットに入れる。二分間そわそわと我慢をして、シャンパン色の紅茶をカップに注いだ。  買おうかどうしようかすごく迷った、シングルエステートのヌワラエリアの茶葉は、二年ほど前に雑誌の記事か何かで読んで以来まるで片思いのようにずっと私の心の中に微熱を持って居続けていた。  最近は紅茶の茶葉にこだわるよりも簡単にサッと飲めるインスタントコーヒーを飲むのが気楽でいいので、長い間紅茶の茶葉を買おうとは思わなくなっていたというのに。なのに、茶葉熱というか恋心が再燃したのだ。  ネットでヌワラエリアの茶葉の特徴を何度も調べた。キャンディやウバのように濃いめに出る茶葉のほうが味が好みなのではないかと散々迷ったのだけれど、どうしても、記事の中の「今日はヌワラエリアが飲みたいの」というセリフが忘れられず、セイロンティーのシャンパンと言われる片思いの茶葉を買ってしまった。  大人になっても変に少女趣味が抜けきらない。  けれど、口に含んだヌワラエリアはやっぱり好みの濃厚な口当たりではなくて、さらりとしていた。  甘みの強いジャムを塗ったパンを食べるには、主張しすぎずにちょうどよく収まる。けれど、違うのだ。私の口が違うと言っている。お口が違うと言うので、一気にヌワラエリアへの恋心は急降下して、しらっと覚めきってしまった。  例えば、初恋の人とやっと付き合えたと思ったのに、初めて手をつないでみたらじっとりと汗ばんだ手が妙に冷たくて、水臭い手だな、と思って白けてしまうのに似ている。話をしてみても何故かかみ合わなくて、あんなに輝いて見えたイケメンだったのに、「顔だけ男」にしか見えなくなるというような白々とした気持ちに似ている。  どうしよう。この茶葉、五千円もしたのに。  もったいないお化けもこうなってくると変な形で出てくるのだ。私はもう飲みたくないのだ。興味がなくなった。けれど捨てるなんてもったいないことは出来ない。そうだ、夫専用の紅茶にしよう、そうしよう。それがいい。  夫が在宅勤務の時や休日には、これでもかと紅茶を飲みたがる。ちょうどいいのだ。イオンで四百円のティーバッグを買えば済むところだけれど、五千円をドブに捨てるよりはいい。私の中で悪魔がほくそ笑む。  こうして、私のヌワラエリアへの初恋は幕を閉じた。あっさりと私の方から別れを切り出した。やっぱり、初恋は実らないものなんだねぇ、と独り言が口をついて出る。  結局私のお口が上等じゃなかったということなんだろうと思う。がっかりしちゃった。お子ちゃま仕様の、味がはっきりとしたものでなければ美味しく感じないのだ。  片思いというものは時間が経てば経つほど気持ちが高ぶっていく。盲目になって、あばたもえくぼになるのだ。なのに、私はこの恋に溺れることができなかった。けれど、それでも、ときめきは二年間味わったから元は取れたのではないだろうか、と、机にのの字を書きながら考える。  さらば、ヌワラエリア。私の初恋。  こうして、私の興味はまたどこかへ、ふわふわとたんぽぽの綿毛みたいに着地点をさがしながら旅に出るのだ。
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