1-14 少年は獅子の如く

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 彼の行く先にうつろな眼差しを向けていたカイは、ふと軽快な電子音に我に返った。ザックに手を伸ばし、音を発する携帯電話を取り出す。どのボタンを押せばミオと繋がるのかは、試行錯誤のうえ明らかとなっていた。 「おーい、暇だから電話してみた。今何してるの」 「……雨宿り」 「その声はカイ? なんか暗いね」  彼女の明るい調子は、電話に出たカイが咳をするのを聞いて、たちまち心配そうな声音に変わる。シュラフを毛布のように身体にかけて横たわりながら、大丈夫だとカイは呟いた。 「ちょっと、調子が悪いだけだ」 「サクは」 「食べるもの探しに行ってくれてる」 「ごめん、タイミング悪かったね。切るよ。……ってか、ほんとに大丈夫?」 「ああ……。切らなくていい。ただ、途中で寝ちまうかも」 「なら、カイが寝落ちしたら切るね。疲れたらいつでも言って」  サクがたった一人で雨の中の狩りに出かけた不安に、居ても立っても居られない。だが、今の自分が追いかけたところで足手まといにしかならない。彼女の声を聞いて、少しでも葛藤を紛らわせたかった。  頭上で雨粒がシートを叩く音と、彼女の声が入り混じる。横たわる身体が芯からじんわりと温まり、湯に浸かっているように心地よい。頭のそばに置いた携帯電話にぽつりぽつりと返事をする。 「雨、ひどいみたいだね。二人はほんとに旅の途中なんだ」しみじみとミオが言う。「そういえば、カイとサクは、兄弟じゃないんだよね。どうして一緒に旅してるの。幼馴染とか?」  いや、とカイは否定する。遠い場所にいる彼女になら、話をしても問題はないだろう。 「俺は、ずっと旅をしてきた。爺さん……育ての親が死んでから、一年ぐらい一人でいた」  あの老人が生き延びる術を叩きこんでくれたのは、この時を見越していたのだと一人になって気が付いた。そのおかげで生き残っていたが、心細さはずっと心の底にこびりついていた。 「サクはシェルターにいて、リーパーに耐性があったから、訓練を受けていたんだ。異形を殺したり、外で活動するための」シェルターでは耐性ランクの高い者は、一人残らず偵察部隊に配属されるのだとサクは言っていた。そのため彼は銃を扱うことができた。 「シェルターの外で異形を退治している時、火事が起こった。火に巻かれて異形に囲まれたサクを、仲間は見捨てた。……気を失って倒れてるあいつを見つけて、異形を殺して、俺が助けたんだ」  なぜ危険を冒してまで自分が彼を助けたのかわからない。当時はまだ人間らしい同情心があったのか、年の近い彼の姿に親近感を覚えたのか。とにかく、目を覚ました彼が超耐性であり行く当てもないことを知り、一緒に旅に出ることを提案した。 「最初は、警戒心の塊だったよ。無理もない。人に裏切られたばかりだったんだ」  いつの間にか、自分にとってのサクは、心から信用できる大事な相棒になっていた。  黙って話を聞いていたミオは、そうだったんだと呟いた。 「よかったね。サクがまた人を信じられるようになって。カイのおかげだ」 「そうなら嬉しいんだけどな」  カイは苦笑する。 「サクは、俺にとって誰よりも大事な家族だ。一人で旅してるときは、大して怖いものはなかった。……死ぬことすら、死ぬならそれまでだと思ってた」 「今はどうなの」 「サクを失うことが一番怖い。あいつにだけは生き続けてほしい。……出会えてよかった」  全てを口にすると、張りつめていた気持ちが和らいだのか、急に睡魔が襲ってきた。脳裏に、炎と異形に囲まれていた彼の姿と、目を覚ましても小動物のように怯え、口さえ利かなかった姿がよみがえる。あの時のサクに出会えてよかった。寝床の温もりに身を預け、うとうとと眠気に揺られる。カイはいつしか、眠りに落ちていた。
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