1-18 少年は獅子の如く

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 カイにはわかっていた。自分がもう助からないことは。大きな傷を受けているのに、不思議とそれに見合った痛みがない。自分の身体が死に向かっているのは明白で、これまで幾人もを殺してきたカイは、この傷が十分な致命傷であることをよく理解していた。  死にたくないと思った。ここまで生き延びてきて、ただの一発でやられてしまうなんて。泣きそうなサクの顔が目の前にある。サクをたった一人残して、死にたくない。相棒を一人ぼっちにしたくない。いつまでも共に旅をして、まだ見ぬ景色を一緒に見たい。  思いとは裏腹に、カイは感覚を失いつつある手で傍らの銃を握り、サクに差し出した。モスバーグを受け取る意味を理解し、サクは子どものように首を横に振って嫌がる。その瞳から大粒の涙が零れ落ちた。 「やだ……いやだよ、カイ。僕は、まだまだ、教えてもらいたい。一人じゃできないことが、たくさんあるんだよ。一人ぼっちにしないでよ」  けれど、受け取ってくれと、カイは微かに唇を動かした。もう自分が引き金を引くことは二度とない。カイの手の震えに居たたまれなくなったサクは、泣きながらようやく銃を受け取った。  サクはあまり感情を表に出さないが、カイはその心の豊かさを知っていた。誰よりも優しい彼が、自分のために初めて涙を見せてくれるのを嬉しいとさえ思った。同時に、申し訳なさでいっぱいになる。彼を一人ぼっちにする罪悪感ではち切れそうになる。敵だらけの世界で、ようやく信じあえる相手に出会えたのに。 「おまえは、一番の相棒だよ」  俺の見られなかったものを見ろ。サクに出会えたことで、老人との約束は果たせた。こんなに美しい涙は、彼も決して見なかったに違いない。  ごめんを言いたいのに、呼吸が辛くて上手く声が出てこない。仕方なく唇の動きで伝えると、サクはいっそう顔を歪ませてぼろぼろと涙を零した。震える手は感触を失っているはずなのに、覆い被さる彼の頬に触れてその涙をすくうと、熱を感じた。サクが重ねる手の温もりに安堵した。力を振り絞り、生涯最後の呼吸をする。 「俺は、ずっと、一緒にいる」  世界で一番大事な人。どうかこの先、幸せが訪れますように。 「ありがとう、サク……」  その言葉を口にし、カイは最期に微笑んだ。
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