2-5 夢幻と窮地

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2-5 夢幻と窮地

 リーパーに対するワクチンの開発よりも、アンドロイドが外で活動できるようになる方が早いと目算がついたらしい。もともと外での活動を見越して作り出されたロボットは、ようやく目的を達する目途が立ちかけているという。 「とはいえ、まだまだ問題はたくさんありますが」 「さっきのアンドロイドが、第一号ってこと」 「それは……」  サクの言葉に、彼女は少しまごついて言い淀んだ。  普段サクが使用している偵察部隊のものよりも、ずっと天井の高い清潔な食堂だった。供給されている食事は大差がなく、地下で育てられている小麦から拵えたパンや、トウモロコシのスープ、不味い人工肉、加えて必須栄養素を凝縮したカプセルは、途方もなく味気ない。ただ生存するために、胃へ流し込んでいるだけだ。だが、仕事を離れる束の間の休息を楽しむ人々が、あちこちのテーブルにぽつりぽつりと座って話をしたり、本を読んで過ごしている。  四人掛けのテーブルで向かい合うニナは、僅かに声を落とした。 「一般人と同等レベルの身体能力を持ったアンドロイドは既に完成していたのですが、偵察部隊からは、より高い能力を持つものを望まれました。それがようやく完成に近づいたという段階です」 「より高い能力って。欲が深いね」 「仕方がないです。壊れにくいものを使って、資源の無駄な損失を防ぎたいのでしょう」彼女は手に取ったパンを小さくちぎって口に運んだ。サクも、温く薄いコーンスープをスプーンですくった。 「でも、最終的な目標は、アンドロイドじゃなくてワクチンができることなんだろ」  サクの言葉に、ニナはもちろんと頷いた。誰も、シェルター外をアンドロイドが跋扈する世界を望んでいるわけではない。 「私も、それが一番だと思っています。世の中には反対派なんていう人たちもいるそうですが」 「ああ、自然のままに生きるべき、って」  サクも聞いたことがあった。人がリーパーに駆逐されるのが自然の流れならば、それは仕方ないという思想の人間が存在し、彼らはワクチンの開発を快く思っていない。発生したウイルスに負ける者は淘汰されただけであり、環境の変化に適応できなかった個体である。無闇に逆らう姿勢は生物的進化と発展に背き邪魔をしているだけだという。 「ワクチンの開発が種の進化を妨害していると言いますが、人間とワクチンの歴史は、既に何世紀も続いています。培ってきた知恵という道具を使って、自ら道を切り開いたまでのこと。それを否定することこそ、ヒトの進化を否定し妨害しているんです。彼らの論は成立していません」  すっかり食事の手を止めて力説するニナは自身の熱に気付くと、慌てて「ごめんなさい」と付け加えた。 「謝らなくても、いいけど」 「……ワクチンの反対派は、ある程度耐性のある人たちで構成されているという噂を聞きました。偶然にも耐性を得られたから、ワクチンの必要性を強く感じないのだと思います」コップを手に取り、気分を落ち着かせるように水を少しだけ飲む。「私はDランクで、このままでは一生外に出ることはかないません。ワクチンの開発は、私を含む低耐性の人間にとって大きな希望なんです」
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